四恩抄 感想文1

◇これは、四恩抄の個人的感想文です。

今回、四恩抄のひらがな訳を作成しましたが、長らく探していたごもんを発見することができ、私としては大いに歓喜いたしました。
それは「ろう ぎ をも ころさざれども」(936頁)のいっくです。
ろうとは 虫のオケラ、ぎ とは 蟻です。
だいしょうにんは道を歩くときに、蟻の一匹すら踏まないようにご注意されていたのです。
最初、このごもんを拝したとき、私はとても驚きました。
日蓮だいしょうにんの仏道修行の偉大さに心を打たれたのです。
今回、このいっくに再び巡り合えたことは、ひらがな御書制作の功徳と思っています。
さて、今回は、四恩抄の前半部に関する、私の個人所感を申し上げます。
だいしょうにんは、32歳で立宗宣言をされたとき、完璧な人格者、完成された仏としての境涯をお持ちであられたに違いないと私は考えていました。
しかし、この四恩抄を拝すると、実は難を受けられながら、だいしょうにんの信心が深まり、境涯が開かれていった経緯が語られているのです。
この四恩抄には、次の注目すべき内容が書かれています。
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「法華経に いわく 如来の現在にすら 猶 おんしつ おおし いわんや めつどの のちをやと云云 はじめに 此のもんを み候いし時は さしもやと思いそうらいしに 今こそ仏のみことばは たがわはざりけるものかなと 殊に 身にあたって 思い知れてそうろう」 
「此の 身に がくもん つかまつりし 事 ようやく 二十四 五年に まかり なるなり 法華経を 殊に 信じ まいらせ そうらいし事は わづかに 此の 六 七年より このかたなり」(936頁)
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すなわち、「法華経に書かれていることが本当かどうかと思っていたが、法華経の書かれている通りの体験をして思い知らされた」、また、出家して24年、あるいは25年になるけれども、「特別に法華経を信じ 行じたのはこのわずか6、7年でしかない」と述べられているのです。
これは、国家諌暁を決意され、やがて立正あんこく論を提出されて難を受けられた約7年を回想され語られているものです。
難は初期の7年間で、早くも壮絶なものとなりました。
千人とも思える人たちが命を奪おうと押し寄せ、結果、松ばがやつのそうあんを焼かれました。そして伊豆流罪になりました。
流罪先では毒きのこを与えられ、命を落としていたかも知れない状況だったと今に伝えられています。その局面をふなもり弥三郎に助けられるのです。
ふなもり弥三郎のごしょの解説は、→ここをクリック!
だいしょうにんは、本抄の中で、要約すれば「他の僧侶は魚や鳥を食べているが、私は鳥も魚も食べず、妻ももたず、ケラも蟻も殺さぬようにしているが、南無妙法蓮華経の信心を徹底して実践したことで、悪名が天下にとどろいた。これは釈尊のご金言の通りである。ゆえに これ以上の喜びはない」と述べられています。
そのご決意、その徹底した仏道修行、さらに受難の大きさと大聖人の境涯の偉大さに身の引き締まる思いがします。
四恩抄は、佐渡流罪中のだいしょうにんのお気持ちが味わえる素晴らしい御書です。
今後も、さらに深く読み続けたい御書です。
四恩抄のひらがな訳は、→ここをクリック!

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by hiraganagosho | 2013-07-01 06:41 | ひらがなニュース