ふなもりやさぶろうもとごしょ (船守弥三郎許御書) ひらがな漢字交互文

◎ ふなもり弥三郎もと御書  ひらがな漢字交互文
(ごしょ1445ページ1行目から1446ページ18行目)

こうちょう がんねん 6がつ 40さい おんさく.
弘長 元年 六月  四十歳 御作.

わざと つかいを もって ちまき さけ ほしい さんしょう かみ しなじな たび そうらい おわんぬ.
わざと 使を 以て ちまき さけ ほしひ さんせう かみ しなじな 給 候い 畢んぬ.

また つかい もうされ そうろうは おんかくさせ たまえと もうしあげ そうらえと にちれん こころえ もうすべく そうろう.
又 つかひ 申され 候は 御かくさせ 給へと 申し上げ 候へと 日蓮 心得 申べく 候.

にちれん いぬる さつき12にち るざいのとき そのつに つきて そうらいしに. 
日蓮 去る 五月 十二日 流罪の時 その津に つきて 候しに.

いまだ なをも ききおよび まいらせず そうろうところに ふねより あがり くるしみ そうらいき ところに. 
いまだ 名をも ききをよび まいらせず 候ところに 船より あがり くるしみ 候いき ところに.

ねんごろに あたらせ たまい そうらいし ことは いかなる しゅくじゅう なるらん.
ねんごろに あたらせ 給い 候し 事は いかなる 宿習 なるらん.

かこに ほけきょうの ぎょうじゃにて わたらせ たまえるが いま まっぽうに ふなもりの やさぶろうと うまれかわりて にちれんを あわれみ たもうか.
過去に 法華経の 行者にて わたらせ 給へるが 今 末法に ふなもりの 弥三郎と 生れかわりて 日蓮を あわれみ 給うか.

たとい おとこは さもあるべきに にょうぼうの みとして しょくをあたえ. 
たとひ 男は さもあるべきに 女房の 身として 食をあたへ.

せんぞく てうず そのほか さも こと ねんごろ なること にちれんは しらず ふしぎとも もうすばかりなし.
し洗足 てうづ 其の外 さも 事 ねんごろ なる事 日蓮は しらず 不思議とも 申すばかりなし.

ことに 30にち あまり ありて ないしんに ほけきょうを しんじ にちれんを くようし たもうこと いかなることの よしなるや.
ことに 三十日 あまり ありて 内心に 法華経を 信じ 日蓮を 供養し 給う事 いかなる事の よしなるや.

かかる じとう ばんみん にちれんを にくみ ねたむこと かまくらよりも すぎたり.
かかる 地頭 万民 日蓮を にくみ ねだむ事 鎌倉よりも すぎたり.

みるものは めをひき きくひとは あだむ.
みるものは 目をひき きく人はあだむ. 

ことに さつきのころなれば こめも とぼしかるらんに.
ことに 五月の ころなれば 米も とぼしかるらんに.

にちれんを うちうちにて はぐくみ たまいしことは にちれんが ふぼの いずの いとう かわなと いうところに うまれかわり たもうか.
日蓮を 内内にて はぐくみ 給いしことは 日蓮が 父母の 伊豆の 伊東 かわなと 云うところに 生れかわり 給うか.

ほけきょう だい4に いわく ぎゅう しょう しんじ にょ くよう お ほっし と うんぬん.
法華経 第四に 云く  及 清 信士 女 供養 於 法師 と 云云.

ほけきょうを ぎょうぜんものをば しょてんぜんじんとう あるいは おとことなり あるいは おんなとなり.
法華経を 行ぜん者をば 諸天善神等 或は をとことなり 或は 女となり.

かたちをかえ さまざまに くようして たすくべしと いう きょうもんなり. 
形を かへ さまざまに 供養して たすくべしと 云う 経文なり.

やさぶろうどの ふうふの しじょと うまれて にちれん ほっしを くようすること うたがいなし.
弥三郎殿 夫婦の 士女と 生れて 日蓮 法師を 供養する事 疑なし.

さきに まいらせし もんに つぶさに かきて そうろう しあいだ いまは くわしからず.
さきに まいらせし 文に つぶさに かきて 候し 間 今は くはしからず.

ことに とうじとうの びょうのうに ついて きせい もうすべきよし おうせ そうろうし あいだ あんに あつかいて そうろう.
ことに 当地頭の 病悩に ついて 祈せい 申すべきよし 仰せ 候し 間 案に あつかひて 候.

しかれども いちぶん しんこうの こころを にちれんに いだし たまえば ほけきょうへ そしょうと こそ おもい そうらえ.
然れども 一分 信仰の 心を 日蓮に 出し 給へば 法華経へ そせうと こそ をもひ 候へ.

この ときは じゅうらせつにょも いかでか ちからを あわせ たまわざるべきと おもいそうらいて.
此の 時は 十羅刹女も いかでか 力を あわせ 給はざるべきと 思い 候いて.

ほけきょう しゃか たほう 10ぽうのしょぶつならびに てんしょう はちまん だいしょうの しんぎ とうに もうして そうろう.
法華経 釈迦 多宝 十方の 諸仏 並に 天照 八幡 大小の 神祇 等に 申して 候.

さだめて ひょうぎ ありてぞ しるしをば あらわし たまわん. 
定めて 評議 ありてぞ しるしをば あらはし 給はん. 

よも にちれんをば すてさせ たまわじ.
よも 日蓮をば 捨てさせ 給はじ.

1446ページ1行目

いたきと かゆきとの ごとく あてがわせ たまわんと おもい そうらいしに.
いたきと かゆきとの 如く あてがわせ 給はんと をもひ 候いしに.

ついに びょうのう なおり かいちゅう いろくずの なかより しゅつげんの ぶったいを にちれんに たまわること.
ついに 病悩 なをり 海中 いろくづの 中より 出現の 仏体を 日蓮に たまわる事.

これ びょうのうの ゆえなり さだめて じゅうらせつにょの せめなり.
此れ 病悩の ゆへなり さだめて 十羅刹女の せめなり.

この くどくも ふうふ ふたりの くどくと なるべし.
此の 功徳も 夫婦 二人の 功徳と なるべし.

われら しゅじょう むしより このかた しょうじかいの なかに ありしが ほけきょうの ぎょうじゃと なりて.
我等 衆生 無始より このかた 生死海の 中に ありしが 法華経の 行者と なりて.

むししきしん ほんぜりしょう みょうきょうみょうち こんごうふめつの ぶっしんと ならん こと あに かの ほとけに かわるべきや.
無始色心 本是理性 妙境妙智 金剛不滅の 仏身と ならん 事 あに かの 仏に かわるべきや.

かこ くおん5ひゃく じんてんの そのかみ ゆいがいちにんの きょうしゅしゃくそんとは われらしゅじょうの ことなり.
過去 久遠 五百 塵点の そのかみ 唯我一人の 教主釈尊とは 我等 衆生の 事なり.

ほけきょうの いちねんさんぜんの ほうもん じょうじゅうしせっぽうの ふるまいなり.
法華経の 一念三千の 法門 常住此説法の ふるまいなり.

かかる とうとき ほけきょうと しゃくそんにて おわせども ぼんぷは しることなし.
かかる たうとき 法華経と 釈尊にて をはせども 凡夫は しる事なし.

じゅりょうぼんに いわく てんどうの しゅじょうをして ちかしと いえども しかも みえざらしむとは これなり.
寿量品に 云く 顛倒の 衆生をして 近しと 雖も 而も 見えざらしむとは これなり.

めいごの ふどうは しゃらの しけんの ごとし. 
迷悟の 不同は 沙羅の 四見の 如し.

いちねんさんぜんの ほとけと もうすは ほっかいの じょうぶつと いうことにて そうろうぞ.
一念三千の 仏と 申すは 法界の 成仏と 云う事にて 候ぞ.

せっせんどうしの まえに きたりし きじんは たいしゃくの へんさなり.
雪山童子の まへに きたりし 鬼神は 帝釈の 変作なり.

しびおうの ところへ にげ いりし はとは びしゅかつまてん ぞかし.
尸毘王の 所へ にげ 入りし 鳩は 昆首羯摩天 ぞかし.

はんそくおうの しろへ はいりし ふみょうおうは きょうしゅ しゃうそんにて まします.
班足王の 城へ 入りし 普明王は 教主 釈尊にて まします.

にくげんは しらず ぶつげんは これを みる.
肉眼は しらず 仏眼は 此れを みる.

こくうと たいかいとには ぎょちょうの ひこうする あとあり.
虚空と 大海とには 魚鳥の 飛行する あとあり.

これらは きょうもんに みえたり.
此等は 経文に みえたり.

もくぞう そく こんじきなり こんじき そく もくぞうなり.
木像 即 金色なり 金色 即 木像なり.

あぬるだが こがねは うさぎとなり しにんとなる.
あぬるだが 金は うさぎとなり 死人となる.

しゃくまなんが たなごころには いさごも こがねとなる.
釈摩男が たなごころには いさごも 金となる.

これらは しぎ すべからず.
此等は 思議 すべからず.

ぼんぷ そく ほとけなり ほとけ そく ぼんぷなり.
凡夫 即 仏なり 仏 即 凡夫なり.

いちねんさんぜん がじつじょうぶつ これなり.
一念三千 我実成仏 これなり.

しからば ふうふ ふたりは きょうしゅ だいかくせそんの うまれかわり たまいて にちれんを たすけ たもうか.
しからば 夫婦 二人は 教主 大覚世尊の 生れかわり 給いて 日蓮を たすけ 給うか.

いとうと かわなの みちの ほどは ちかく そうらえども こころは とおし.
伊東と かわなの みちの ほどは ちかく 候へども 心は とをし. 

のちの ために ふみを まいらせ そうろうぞ.
後の ために ふみを まいらせ 候ぞ.

ひとに かたらずして こころえさせ たまえ.
人に かたらずして 心得させ 給へ.

すこしも ひと しるならば おんため あしかりぬべし.
すこしも 人 しるならば 御ため あしかりぬべし.

むねの うちに おきて かたり たもうこと なかれ.
むねの うちに をきて かたり 給う事 なかれ.

あなかしこ あなかしこ なむみょうほうれんげきょう.
あなかしこ あなかしこ 南無妙法蓮華経.

こうちょう がんねん 6がつ 27にち にちれん かおう.
弘長 元年 六月 二十七日 日蓮 花押.

ふなもり やさぶろう どの もとへ これを つかわす.
船守 弥三郎 殿 許へ 之を 遣わす.

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by hiraganagosho | 2013-06-16 20:30 | ふなもり弥三郎もと御書