椎地四郎殿御書 (背景と大意)

■しいちしろうどのごへんじ (背景と大意)
日蓮だいしょうにん ごしょ全集 1448ページ1行目から 1449ページ5行目まで。

以下の内容は、創価学会・仏教哲学大辞典(2000年11月発刊)と、だいびゃく蓮華(2013年5月号)を参考にまとめたものです。

■背景と大意

本抄は、だいしょうにん40歳の御時、門下の椎地四郎に与えられた御書です。
別名を「にょととくせん御書」といいます。
この御書が書かれたのは弘長元年4月28日です。
伊豆流罪の法難の二週間前に書かれました。

内容は、「まっぽうには 法華経の行者 必ずしゅったいすべし」、「大難きたりなば ごうじょうの信心 いよいよ よろこびをなすべし」、「大難なくば法華経の行者にはあらじ」としたためられ、迫りくる大難との闘争の決意を促す内容になっています。
当時、法華経を読んだり、書写したりして、形式上で法華経を信仰する人は沢山いました。しかし、自らの利益のみを願う人ばかりでした。
万人の幸福を願い行動して、障魔と戦う人は1人もいませんでした。
唯一、日蓮だいしょうにんお一人が決然と立たれました。
「難は誉れ」と言われても、実際に「命にも及ぶ大難」を受けると疑いが生じ、信心が揺らぎます。
その中で、ぐきょうにはげむ椎地四郎を過去からの師弟の宿縁が深いと讃嘆され、その行為が如来の行いであるとご指南されています。

現在の私たちも同じで、ぶっぽう対話、ぐきょうを実践すれば障魔は競い起こります。
けれど、その闘いの功徳として、生死を悠然と渡って行くことができる「仏の境涯」を得ることができると仰せです。
池田先生は、次のようにご指導をされています。
「敵がいるからこそ強くなれる。迫害があるからこそ仏になれる。境涯をひらけるか、大福運を積めるか、本物のこうふの指導者に立てるかどうか。
魔が競い起こる時こそ、その重大な境目なのです。
故に、勇気を奮い起こして戦う以外にない」
(2013年だいびゃく蓮華5月号68頁)
戦えば三類の強敵が出現する。しかし、戦わなければ、こんじょう、さんぜのしょうろうびょうしを乗り越えられる命を作ることができない。故に戦うしかない。
私たちも、この決意で生涯不退転で信心を全うしたいものです。

□語句の解説

1.
師曠が 耳 離婁が 眼.
師曠とは中国の周時代の有名な音楽家。
離婁は中国の伝説上の人物。百歩はなれたところからも細かい毛が見えたという。
すなわち、耳と目とが良いことのたとえ。
2.
にゃくぜ ぜんなんし ぜんにょにん ないし しそくにょらいし.
法華経法師ほん第10に説かれる「もしこの善男子・善女人は、わが滅度ののち、よくひそかに1人のためにも法華経の一句を説くならば、まさにこの人は如来の使いである」との文を指す。
3.
彼岸.
しょうじ(生死)の世界を悟った境涯を彼岸という。
対して 悟れない迷いの状態を此岸という。
4.
ぎょうちむへん(巧智無辺).
巧妙な知恵が無辺であること。
5.
しょうじきしゃごん(正直捨権).
正直にごんを捨てる と読む。
ごんとは ごんきょうのことで、法華経以外の方便の経典のこと。
6.
醍醐 いちじつ.
醍醐とは、醍醐味のことで最上の味のこと。
いちじつとは、唯一無二の教え、すなわち法華経を指す。
7.
諸法実相.
森羅万象の諸法、じゅっかいの生命が、すなわち妙法蓮華きょうのとうたいであること。
8.
いしんとくにゅう(以信得入).
信をもって入ることの意。法華経比喩ほん第3にある。
智慧第一とよばれた舎利弗でさえ、法華経にはただ信のみによって入ることができた。
9.
かんがい 相応して.
はことふた。両者が相応じて一体となっているもののたとえ。
10.
にょととくせん(如渡得船).
渡りに船を得るの意。

△語句の ひらがな漢字交互

にょととくせんごしょ(如渡得船御書)
にゃくぜ ぜんなんし ぜんにょにん ないし しそくにょらいし(若是 善男子 善女人 乃至 則 如来使)
しょうじきしゃごん(正直捨権)
いちじつ(一実)
じゅっかい(十界)
とうたい(当体)
かんがい(函蓋)
しょうろうびょうし(生老病死)
さんしょうしま(三障四魔)

○椎地四郎殿御書 ひらがな文へ

◎椎地四郎殿御書 ひらがな漢字交互文へ

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by hiraganagosho | 2013-06-09 13:01 | 椎地四郎殿御書