立正あんこく論 (安国論) ひらがな漢字交互文 10

◎立正あんこく論 ひらがな漢字交互文10
(ごしょ27ページ1行目から30ページ7行目)

しゅじんの いわく よは これ がんぐにして あえて けんを ぞんせず. 
主人の 曰く 余は 是れ 頑愚にして 敢て 賢を 存せず. 

ただ きょうもんに ついて  いささか しょぞんを のべん. 
唯 経文に 就いて 聊か 所存を 述べん. 

そもそも ちじゅつの むね ないがいの あいだ その もん いくばくぞや つぶさに あぐ べきこと かたし. 
抑も 治術の 旨 内外の 間 其の 文 幾多ぞや 具に 挙ぐ 可きこと 難し. 

ただし ぶつどうに いって しばしば ぐあんを めぐらすに ほうぼうの ひとを いましめて せいどうの りょを おもんぜば くにじゅう あんのんにして てんか たいへい ならん. 
但し 仏道に 入つて 数ば 愚案を 廻すに 謗法の 人を 禁めて 正道の 侶を 重んぜば 国中 安穏にして 天下 泰平 ならん. 

すなわち ねはんぎょうに いわく. 
即ち 涅槃経に 云く. 

「ほとけの いわく ただ ひとりを のぞいて よの いっさいに ほどこさば みな さんたんすべし. 
「仏の 言く 唯だ 一人を 除いて 余の 一切に 施さば 皆 讃歎す可し. 

じゅんだ とうて いわく いかなるをか なずけて ゆいじょ いちにんと なす. 
純陀 問うて 言く 云何なるをか 名けて 唯除 一人と 為す. 

ほとけの いわく この きょうの なかに とく ところの ごときは はかいなり. 
仏の 言く 此の 経の 中に 説く 所の 如きは 破戒なり. 

じゅんだ また いわく われ いまだ げせず ただ ねがわくば これを ときたまえ. 
純陀 復た 言く 我 今未だ 解せず 唯 願くば 之を 説きたまえ. 

ほとけ じゅんだに かたって いわく はかいとは いわく いっせんだいなり. 
仏 純陀に 語つて 言く 破戒とは 謂く 一闡提なり. 

その よの あらゆる いっさいに ふせすれば みな さんたんすべく だいかほうを えん. 
其の 余の 在所 一切に 布施すれば 皆 讃歎すべく 大果報を 獲ん. 

じゅんだ また とい たてまつる いっせんだいとは その ぎ いかん. 
純陀 復た 問い たてまつる 一闡提とは 其の 義 何ん. 

ほとけ いわく じゅんだ もし びく および びくに うばそく うばい あって そあくの げんを はっし しょうほうを ひぼうし その じゅうごうを つくって ながく かいげせず こころに ざんげ なからん. 
仏 言わく 純陀 若し 比丘 及び 比丘尼 優婆塞 優婆夷 有つて ソ悪の 言を 発し 正法を 誹謗し 是の 重業を 造つて 永く 改悔せず 心に 懺悔 無らん. 

かくの ごとき とうの ひとを なずけて いっせんだいの みちに しゅこうすと なす. 
是くの 如き 等の 人を 名けて 一闡提の 道に 趣向すと 為す. 

もし しじゅうを おかし ごぎゃくざいを つくり みずから さだめて かくの ごとき じゅうじを おかすと しれども. 
若し 四重を 犯し 五逆罪を 作り 自ら 定めて 是くの 如き 重事を 犯すと 知れども. 

しかも こころに はじめより ふい ざんげ なく あえて はつろせず. 
而も 心に 初めより 怖畏 懺悔 無く 肯て 発露せず. 

かの しょうほうに おいて ながく ごしゃく こんりゅうの こころ なく きし きょうせんして ことばに かぐ おおからん. 
彼の 正法に 於て 永く 護惜 建立の 心 無く 毀呰 軽賎して 言に 過咎 多からん. 

かくの ごとき とうの ひとを また いっせんだいの みちに しゅこうすと なずく. 
是くの 如き 等の 人を 亦た 一闡提の 道に 趣向すと 名く. 

ただ かくの ごとき いっせんだいの やからを のぞいて その よに ほどこさば いっさい さんたんせん」と. 
唯 此くの 如き 一闡提の 輩を 除いて 其の 余に 施さば 一切 讃歎せん」と. 

また いわく. 
又 云く. 

「われ むかしを おもうに えんぶだいに おいて たいこくの おうと なれり なを せんよと いいき. 
「我れ 往昔を 念うに 閻浮提に 於て 大国の 王と 作れり 名を 仙予と 曰いき. 

だいじょうきょうてんを あいねんし けいじゅうし その こころ じゅんぜんに そあく しつりん あること なし. 
大乗経典を 愛念し 敬重し 其の 心 純善に ソ悪 嫉リン 有ること 無し. 

ぜんなんし われ そのときに おいて こころに だいじょうを おもんず. 
善男子 我 爾の時に 於て 心に 大乗を 重んず. 

ばらもんの ほうとうを ひぼうするを きき ききおわって そくじに その みょうこんを だんず. 
婆羅門の 方等を 誹謗するを 聞き 聞き已つて 即時に 其の 命根を 断ず. 

ぜんなんし この いんねんを もって これより いらい じごくに だせず」と. 
善男子 是の 因縁を 以て 是より 已来 地獄に 堕せず」と. 

また いわく 「にょらい むかし こくおうと なりて ぼさつの どうを ぎょうぜし とき そこばくの ばらもんの いのちを だんぜつす」と. 
又云く 「如来 昔 国王と 為りて 菩薩の 道を 行ぜし 時 爾所の 婆羅門の 命を 断絶す」と. 

また いわく. 
又 云く. 

「さつに 3 あり いわく げ ちゅう じょうなり げとは ぎし ないし いっさいの ちくしょうなり ただ ぼさつの じ げんしょうの ものを のぞく. 
「殺に 三 有り 謂く 下 中 上なり 下とは 蟻子 乃至 一切の 畜生なり 唯だ 菩薩の 示 現生の 者を 除く. 

げさつの いんねんを もって じごく ちくしょう がきに だして つぶさに げの くを うく. 
下殺の 因縁を 以て 地獄 畜生 餓鬼に 堕して 具に 下の 苦を 受く. 

なにを もっての ゆえに この もろもろの ちくしょうに びぜんこん あり この ゆえに ころす ものは つぶさに ざいほうを うく. 
何を 以ての 故に 是の 諸の 畜生に 微善根 有り 是の 故に 殺す 者は 具に 罪報を 受く. 

ちゅうさつとは ぼんぷの ひとより あなごんに いたるまで これを なずけて ちゅうと なす. 
中殺とは 凡夫の 人より 阿那含に 至るまで 是を 名けて 中と 為す. 

28ページ冒頭

この ごういんを もって じごく ちくしょう がきに だして つぶさに ちゅうの くを うく. 
是の 業因を 以て 地獄 畜生 餓鬼に 堕して 具に 中の 苦を 受く. 

じょうさつとは ふぼ ないし あらかん ひゃくしぶつ ひつじょうの ぼさつなり あび だいじごくの なかに だす. 
上殺とは 父母 乃至 阿羅漢 辟支仏 畢定の 菩薩なり 阿鼻 大地獄の 中に 堕す. 

ぜんなんし もし よく いっせんだいを ころすこと あらん ものは すなわち この さんしゅの さつの なかに だせず. 
善男子 若し 能く 一闡提を 殺すこと 有らん 者は 則ち 此の 三種の 殺の 中に 堕せず. 

ぜんなんし かの もろもろの ばらもんとうは いっさい みな これ いっせんだいなり」. 
善男子 彼の 諸の 婆羅門等は 一切 皆 是 一闡提なり」. 

にんのうきょうに いわく 「ほとけ はしのくおうに つげ たまわく. 
仁王経に 云く 仏 波斯匿王に 告げ たまわく. 

この ゆえに もろもろの こくおうに ふぞくして びく びくにに ふぞくせず なにをもっての ゆえに おうの ごとき いりょく なければなり」. 
是の 故に 諸の 国王に 付属して 比丘 比丘尼に 付属せず 何を 以ての 故に 王の ごとき 威力 無ければなり」. 

ねはんぎょうに いわく. 
涅槃経に 云く. 

「いま むじょうの しょうほうを もって しょおう だいじん さいしょう および しぶの しゅうに ふぞくす しょうほうを そしる ものをば だいじん しぶの しゅう  まさに くじ すべし」と. 
「今 無上の 正法を 以て 諸王 大臣 宰相 及び 四部の 衆に 付属す 正法を 毀る 者をば 大臣 四部の 衆 当に 苦治 すべし」と. 

また いわく ほとけの いわく. 
又 云く 仏の 言く. 

「かしょう よく しょうほうを ごじする いんねんを もっての ゆえに この こんごうしんを じょうじゅする ことを えたり. 
「迦葉 能く 正法を 護持する 因縁を 以ての 故に 是の 金剛身を 成就する ことを 得たり. 

ぜんなんし しょうほうを ごじせん ものは ごかいを うけず いぎを しゅうせず まさに とうけん きゅうせん むさくを じすべし」と. 
善男子 正法を 護持せん 者は 五戒を 受けず 威儀を 修せず 応に 刀剣 弓箭 鉾槊を 持すべし」と. 

また いわく 「もし ごかいを じゅじせん もの あらば なずけて だいじょうの ひとと なす ことを えず. 
又 云く 若し 五戒を 受持せん 者 有らば 名けて 大乗の 人と 為す 事を 得ず. 

ごかいを うけざれども しょうほうを まもるを もって すなわち だいじょうと なずく. 
五戒を 受けざれども 正法を 護るを 為て 乃ち 大乗と 名く. 

しょうほうを まもる ものは まさに とうけん き じょうを しゅうじすべし. 
正法を 護る 者は 当に 刀剣 器 仗を 執持すべし. 

とうじょうをじすと いえども われ これらを ときて なずけて じかいと いわん」と. 
刀杖を 持すと 雖も 我 是等を 説きて 名けて 持戒と 曰わん」と. 

また いわく. 
又 云く. 

「ぜんなんし かこの よに この くしなじょうに おいて ほとけの よに いで たまうこと ありき かんきぞうやくにょらいと ごうし たてまつる. 
「善男子 過去の 世に 此の 拘尸那城に 於て 仏の 世に 出で たまうこと 有りき 歓喜増益如来と 号し たてまつる. 

ほとけ ねはんの のち しょうほう よに じゅうすること むりょうおくさい なり. 
仏 涅槃の 後 正法 世に 住すること 無量億歳 なり. 

よの しじゅうねん ぶっぽうの まつ そのときに ひとりの じかいの びく あり なを かくとくと いう. 
余の 四十年 仏法の 末 爾の時に 一の 持戒の 比丘 有り 名を 覚徳と 曰う. 

そのときに おおく はかいの びく あり その せつを なすを ききて みな あくしんを しょうじ とうじょうを しゅうじし この ほっしを せむ. 
爾の時に 多く 破戒の 比丘 有り 是の 説を 作すを 聞きて 皆 悪心を 生じ 刀杖を 執持し 是の 法師を 逼む. 

この ときの こくおう なずけて うとくと いう. 
是の 時の 国王 名けて 有徳と 曰う. 

この ことを きき おわって ごほうの ための ゆえに すなわち せっぽうしゃの ところに おうしして この はかいの もろもろの あくびくと きわめて ともに せんとうす. 
是の 事を 聞き 已つて 護法の 為の 故に 即便ち 説法者の 所に 往至して 是の 破戒の 諸の 悪比丘と 極めて 共に 戦闘す. 

そのときに せっぽうしゃ やくがいを まぬがる ことを えたり. 
爾の時に 説法者 厄害を 免る ことを 得たり. 

おう そのときに おいて みに とうけん むさくの きずを こうむり からだに まったき ところは けしの ごとき ばかりも なし. 
王 爾の時に 於て 身に 刀剣 鉾槊の 瘡を 被り 体に 完き 処は 芥子の 如き 許りも 無し. 

そのときに かくとく ついで おうを ほめて いわく. 
爾の時に 覚徳 尋いで 王を 讃めて 言く. 

よきかな よきかな おう いま しんに これ しょうほうを まもる ものなり とうらいの よに この み まさに むりょうの ほうきと なるべし. 
善きかな 善きかな 王 今 真に 是れ 正法を 護る 者なり 当来の 世に 此の 身 当に 無量の 法器と 為るべし. 

おう このときに おいて ほうを きくことを え おわって こころ おおいに かんきし ついで すなわち みょうじゅうして あしゅくぶつの くにに しょうず. 
王 是の時に 於て 法を 聞くことを 得 已つて 心 大に 歓喜し 尋いで 即ち 命終して 阿シュク仏の 国に 生ず. 

29ページ冒頭

しかも かの ほとけの ために だいいちの でしと なる. 
而も 彼の 仏の 為に 第一の 弟子と 作る. 

その おうの しょうじゅう じんみん けんぞく せんとう ありしもの かんき ありしもの いっさい ぼだいの こころを たいせず みょうじゅうして ことごとく あしゅくぶつの くにに しょうず. 
其の 王の 将従 人民 眷属 戦闘 有りし者 歓喜 有りし者 一切 菩提の 心を 退せず 命終して 悉く 阿シュク仏の 国に 生ず. 

かくとくびく かえって のち いのち おわって なお あしゅくぶつの くにに おうじょうすることを えて かの ほとけの ために しょうもんしゅうちゅうの だいにの でしと なる. 
覚徳比丘 却つて 後 寿 終つて 亦 阿シュク仏の 国に 往生することを 得て 彼の 仏の 為に 声聞衆中の 第二の 弟子と 作る. 

もし しょうほう つきんと ほっすること あらん とき まさに かくの ごとく じゅじし おうごすべし. 
若し 正法 尽きんと 欲すること 有らん 時 当に 是くの 如く 受持し 擁護すべし. 

かしょう そのときの おうとは すなわち わが み これなり せっぽうの びくは かしょうぶつ これなり. 
迦葉 爾の時の 王とは 即ち 我が 身 是なり 説法の 比丘は 迦葉仏 是なり. 

かしょう しょうほうを まもる ものは かくの ごとき とうの むりょうの かほうを えん. 
迦葉 正法を 護る 者は 是くの 如き 等の 無量の 果報を 得ん. 

その いんねんを もって われ こんにちに おいて しゅじゅの そうを えて もって みずから そうごんし ほっしん ふかえの みを なす. 
是の 因縁を 以て 我 今日に 於て 種種の 相を 得て 以て 自ら 荘厳し 法身 不可壊の 身を 成す. 

ほとけ かしょうぼさつに つげ たまわく. 
仏 迦葉菩薩に 告げ たまわく. 

この ゆえに ほうを まもらん うばそく とうは まさに とうじょうを しゅうじして おうごすること かくの ごとく なるべし. 
是の 故に 法を 護らん 優婆塞 等は 応に 刀杖を 執持して 擁護すること 是くの 如くなるべし. 

ぜんなんし われ ねはんの のち じょくあくの よに こくど こうらんし たがいに あい しょうりょうし じんみん きがせん. 
善男子 我 涅槃の 後 濁悪の 世に 国土 荒乱し 互に 相 抄掠し 人民 飢餓せん. 

そのときに おおく きがの ための ゆえに ほっしん しゅっけ するもの あらん. 
爾の時に 多く 飢餓の 為の 故に 発心 出家 するもの 有らん. 

かくの ごときの ひとを なずけて とくにんと なす. 
是くの 如きの 人を 名けて 禿人と 為す. 

この とくにんの やから しょうほうを ごじするを みて くちくして いださしめ もしくは ころし もしくは がいせん. 
是の 禿人の 輩 正法を 護持するを 見て 駈逐して 出さしめ 若くは 殺し 若くは 害せん. 

この ゆえに われ いま じかいの ひと もろもろの びゃくえの とうじょうを たもつ ものに よって もって はんりょと なすことを ゆるす. 
是の 故に 我 今 持戒の 人 諸の 白衣の 刀杖を 持つ 者に 依つて 以て 伴侶と 為すことを 聴す. 

とうじょうを じすと いえども われ これらを といて なずけて じかいと いわん とうじょうを じすと いえども いのちを だんずべからず」と. 
刀杖を 持すと 雖も 我 是等を 説いて 名けて 持戒と 曰わん 刀杖を 持すと 雖も 命を 断ずべからず」と. 

ほけきょうに いわく. 
法華経に 云く. 

「もし ひと しんぜずして この きょうを きぼうせば すなわち いっさい せけんの ぶっしゅを だんぜん ないし その ひと みょうじゅうして あびごくに いらん」. 
若し 人 信ぜずして 此の 経を 毀謗せば 即ち 一切 世間の 仏種を 断ぜん 乃至 其の 人 命終して 阿鼻獄に 入らん」. 

それ きょうもん けんねんなり わたくしの ことば なんぞ くわえん. 
夫れ 経文 顕然なり 私の 詞 何ぞ 加えん. 

およそ ほけきょうの ごとくんば だいじょう きょうてんを ぼうずる ものは むりょうの ごぎゃくに すぐれたり. 
凡そ 法華経の 如くんば 大乗 経典を 謗ずる 者は 無量の 五逆に 勝れたり. 

ゆえに あび だいじょうに だして ながく いずる ご なけん. 
故に 阿鼻 大城に 堕して 永く 出る 期 無けん. 

ねはんぎょうの ごとくんば たとい ごぎゃくの くを ゆるすとも ほうぼうの せを ゆるさず. 
涅槃経の 如くんば 設い 五逆の 供を 許すとも 謗法の 施を 許さず. 

ぎしを ころす ものは かならず さんあくどうに おつ ほうぼうを きんずるものは ふたいの くらいに のぼる. 
蟻子を 殺す 者は 必ず 三悪道に 落つ 謗法を 禁ずる者は 不退の 位に 登る. 

いわゆる かくとくとは これ かしょうぶつなり うとくとは すなわち しゃか もんなり. 
所謂 覚徳とは 是れ 迦葉仏なり 有徳とは 則ち 釈迦 文なり. 

ほっけ ねはんの きょうぎょうは いちだいごじの かんじんなり その いましめ じつに おもし だれか きごう せざらんや. 
法華 涅槃の 経教は 一代五時の 肝心なり 其の 禁 実に 重し 誰か 帰仰 せざらんや. 

しかるに ほうぼうの やから せいどうを わするの ひと あまつさえ ほうねんの せんちゃくに よって いよいよ ぐちの もうこを ます. 
而るに 謗法の 族 正道を 忘るの 人 剰え 法然の 選択に 依つて 弥よ 愚癡の 盲瞽を 増す. 

30ページ冒頭

これを もって あるいは かの いたいを しのびて もくえの ぞうに あらわし. 
是を 以て 或は 彼の 遺体を 忍びて 木画の 像に 露し. 

あるいは その もうせつを しんじて ゆうげんを かたぎに ほり これを かいだいに ひろめ これを かくがいに もてあそぶ. 
或は 其の 妄説を 信じて 莠言を 模に 彫り 之を 海内に 弘め 之を カク外に 翫ぶ. 

あおぐ ところは すなわち その かふう ほどこす ところは すなわち その もんていなり. 
仰ぐ 所は 則ち 其の 家風 施す 所は 則ち 其の 門弟なり. 

しかる あいだ あるいは しゃかの てゆびを きって みだの いんそうに むすび. 
然る 間 或は 釈迦の 手指を 切つて 弥陀の 印相に 結び. 

あるいは とうほうにょらいの がんうを あらためて さいど きょうしゅの がおうを すえ. 
或は 東方如来の 鴈宇を 改めて 西土 教主の 鵝王を 居え. 

あるいは よんひゃくよかいの にょほうきょうを とどめて さいほう じょうどの さんぶきょうと なし. 
或は 四百余回の 如法経を 止めて 西方 浄土 の三部経と 成し. 

あるいは てんだいだいしの こうを とどめて ぜんどうこうと なす. 
或は 天台大師の 講を 停めて 善導講と 為す. 

かくのごとき ぐんるい それ まことに つくし がたし これ はぶつに あらずや これ はほうに あらずや. 
此くの 如き 群類 其れ 誠に 尽くし 難し 是 破仏に 非ずや 是 破法に 非ずや 是 破僧に 非ずや. 

この じゃぎ すなわち せんちゃくに よるなり. 
此の 邪義 則ち 選択に 依るなり. 

ああ かなしいかな にょらい じょうたいの きんげんに そむくこと あわれなるかな ぐりょ めいわくの そごに したがうこと. 
嗟呼 悲しいかな 如来 誠諦の 禁言に 背くこと 哀なるかな 愚侶 迷惑の ソ語に 随うこと. 

はやく てんかの せいしつを おもわば すべからく くにじゅうの ほうぼうを たつべし. 
早く 天下の 静謐を 思わば 須く 国中の 謗法を 断つべし. 

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by hiraganagosho | 2013-03-05 21:17 | 立正あんこく論