introduction

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音声ソフトで読める 日蓮大聖人御書のひらがな訳ブログです。
当ブログは、下記のホームページに移転し 終了いたしました。
今後は、下記のURLにて活動、運営いたします。
(アンダーラインをクリックしてご覧ください)

        ↓  ↓  ↓
http://hiraganagosho.web.fc2.com

当ブログの管理者 並びに 協力者の冒頭挨拶文を以下に掲げます。
「私の決意を 申し上げます」 (編者 菊川ひろゆき 挨拶文)
「ひらがなを ありがとう」 (協力者 千早 挨拶文)

尚 両名は 各自 創価系ブログを所有しています。
創価の森の小さな家 (編者 菊川ブログ)
小さな一歩でしゅっぱーつ♪ (千早ブログ)
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# by hiraganagosho | 2014-03-17 22:22
a0294766_2034345.jpg◇や数字がスレッドの入口です

以下の表題ををクリックして 対象の項目に入ってください。

◇編者 菊川ひろゆき 挨拶へ
◇協力者 千早さん挨拶へ
◇ひらがな御書ニュース
◇ひらがなごしょのルールへ
◇ご意見箱へ

1. 発刊の辞 戸田 じょうせいへ  2. じょ(序) 堀 にちこう 上人へ
3. 一生成仏抄へ  4.立正あんこく論へ  5.椎地四郎殿御書へ
6.ふなもり弥三郎もと御書へ  7.四恩抄へ  8.きょうきじこく抄へ
9.あんこくろんごかんゆらい 

<以下は、制作予定記事>

10.十一通御書(169) 11.行敏御返事(179) 
12.行敏訴状御会通(180) 13.一昨日御書(183) 14.土木御返事(950) 
15.四条金吾殿御消息(1113) 16.五人土籠御書(1212) 
17.転重軽受法門(1000) 18.土籠御書(1213) 19.寺泊御書(951) 
20.富木入道殿御返事(955) 21.開目抄(186) 20.生死一大事血脈抄(1336)
21.阿仏房御書(1304) 22.佐渡御書(956) 23.日妙聖人御書(1213)
24.祈祷抄(1344) 25.観心本尊抄(238) 26.諸法実相抄(1358)
27.如説修行抄(501) 28.顕仏未来記(505) 29.辧殿尼御前御書(1224)
30.上野殿後家尼御返事(1504) 31.顕立正意抄(536)
32.国府入道殿御返事(1323) 33.妙一尼御前御消息(1252)
34.三三蔵祈雨事(1468) 35.強仁状御返事(184) 36.聖人知三世事(974)
37.清澄寺大衆中(893) 38.種種御振舞御書(909)
39.国府入道殿御返事(1323) 40.四条金吾殿御返事(1148)
41.下山御消息(343) 42.頼基陳状(1153) 43.四条金吾殿御返事(1163)
44.四条金吾殿御返事(1163) 45.四条金吾殿御返事(1165) 
46.千日尼御前御返事(1309) 47.四条金吾殿御返事(1183)
48.四条金吾殿御返事(1185) 49.聖人御難事(1189)
50.伯耆殿等御返事(1456) 51.聖人等御返事(1455)
52.四条金吾殿御返事(1192) 53.千日尼御返事(1318)
54.十字御書(1491) 55.小蒙古御書(1284) 56.地引御書(1375)
57.日蓮一期弘法付属書(1600) 58.身延付属書(1600)

追伸:2014年3月16日より「ひらがな御書ホームページ」を新設しました。
ひらがな御書ホームページは、→ここをクリック!

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# by hiraganagosho | 2014-03-17 22:00 | 総合案内(入口)

◇新しいひらがな御書HPを開設.

ひらがな御書をブログからホームページに変更しました。
当ブログは これをもって終了とし、今後 更新はいたしません。
新しい「インターネット版 ひらがな御書」を以下に示します。
下記のURLをクリックしてください。


http://hiraganagosho.web.fc2.com

当ひらがな御書ブログには、3つの欠点がありました。
1つは 長文を1つの記事に入れられないこと、2つに ひらがな文と 交互文の行き来をするとき 利用者が迷子になること、3つに 様々な不要な項目を音声ソフトが読み上げるので 目的地に なかなか到達できないジレンマがあることでした。
私は 「利用者が不便なサイトでは意味がない」と 思うようになりました。
そこで、ブログをホームページに組み替えることにしたのです。
2014年3月16日、新しい ひらがな御書がスタートしました。
もとより力なく 必要最小限ですが、自在会の皆さま ご受理ください。

新しいひらがな御書HPは、→ここをクリック!
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# by hiraganagosho | 2014-03-17 21:53 | 挨拶

◇新しいブログを開設しました。

かねてより申し上げていました新ブログをオープンしました。
名前を「創価の森通信」と申します。
サブタイトルに「フリーダム」とつけました。
自在会の皆様に役立つブログにしたいと考えています。
オープン前の準備において、千早さんの協力、ご助言をいただきました。
御来訪いただけると嬉しいです。
創価の森通信ブログは、→ここをクリック!

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# by hiraganagosho | 2014-02-01 16:01

ご意見箱2

◆ご意見 ご要望は このスレッドのコメント欄をご利用ください。

1.
ご意見箱には、ご自由にコメントをお書きください。
2.
ご意見箱のコメントは、随時、保存して整理いたします。
読み間違い指摘は、一定期間後に消去します。
3.
過去のご意見箱1は、→ここをクリック!

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# by hiraganagosho | 2014-02-01 01:01 | ご意見箱
 ※まだひらがな訳を含め未完成です。 

○あんこくろんごかんゆらい (安国論御勘由来) ひらがな文へ

◎あんこくろんごかんゆらい (安国論御勘由来) ひらがな漢字交互文へ

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# by hiraganagosho | 2013-08-11 13:07 | あんこく論ごかんゆらい
○あんこくろんごかんゆらい 
ぶんえい5ねん しがつ いつか 47さい おんさく

しょうか がんねん たいさい ひのとみ 8がつ 23にち いぬいの とき ぜんだいに こえ おおいに じしんす 
どう 2ねん いぬうま 8がつ ついたち おおかぜ どう 3ねん みひつじ だいききん しょうがん がんねん みひつじ だいえきびょう どう 2ねん かのえさる 
しきに わたって だいえき おのれまず ばんみん すでに たいはんに こえて しを まねき おわんぬ 
しかる あいだ こくしゅ これに おどろき ない げてんに おおせ つけて しゅじゅの ごきとう あり 
しかりと いえども いちぶんの しるしも なく かえって きえき とうを ぞうちょうす 
にちれん せけんの ていを みて ほぼ いっさいきょうを かんがうるに ごきしょう しるし なく 
かえって きょうあくを ぞうちょう するの よし どうり もんしょう これを え おわんぬ 
ついに やむことなく かんもん いっつうを つくり なして そのなを りっしょうあんこくろんと ごうす 
ぶんおうがんねん かのえさる 7がつ16にち たつどき やどや にゅうどうに つけて 
こ さいみょうじ にゅうどう どのに そうしん もうし おわんぬ 
これ ひとえに こくどの おんを ほうぜんが ためなり 

その かんもんの こころは にほんこく てんじん 7だい ちしん 5だい ひゃくおう ひゃくだい にんおう だい3だい きんめいてんのうの ぎょうに はじめて 
くだらこくより ぶっぽう この くにに わたり かんむてんのうの ぎょうに いたって その ちゅうかん 50よだい 260よねん なり 
その あいだ いっさいきょう ならびに 6しゅう これ ありと いえども てんだい しんごんの 2しゅう いまだ これ あらず 
かんむの ぎょうに やましなでらの ぎょうひょう そうじょうの おんでしに さいちょうと いう こぞう あり 
のちに でんぎょうだいしと ごうす 
いぜんに わたる ところの 6しゅう ならびに ぜんしゅう これを きわむと いえども いまだ わが いに かなわず 
しょうむてんのうの ぎょうに だいとうの がんじんわしょう わたす ところの てんだいの しょうじょ 40よねんを へて いご 
はじめて さいちょう これを ひけんし ほぼ ぶっぽうの げんじを さとり おわんぬ 
さいちょう てんちょう ちきゅうの ために えんりゃく 4ねん えいざんを こんりゅうす 
かんむこうてい これを あがめ てんし ほんめいの どうじょうと ごうし 
6しゅうの ごきえを すて いっこうに てんだい えんしゅうに きぶく したまう
どう えんりゃく 13ねんに ながおかの みやこを うつして へいあんじょうを たつ 
どう えんりゃく 21ねん しょうがつ 19にち たかおでらに おいて 
なんと 7だいじの 6しゅうの せきがく きんそう ちょうよう とうの 14にんをめしあわせ しょうぶを けつだんす 
6しゅうの めいしょう 1 もんどうにも およばず くちを とずること はなの ごとし 
けごんしゅうの 5きょう ほっそうしゅうの 3じ 3ろんしゅうの 2ぞう 3じの しょりゅうを はし おわんぬ 
ただ じしゅうを やぶらるる のみに あらず みな ほうぼうの もの いることをしる 
おなじき 29にち こうてい ちょくせんを くだして これを なじる 
14にん しゃひょうを つくって こうていに ささげ たてまつる 

そのご だいだいの こうてい えいざんの ごきえは こうしの ふぼに つかうるに こえ れいみんの おういを おそるるに まされり 
ある おんときは せんみょうを ささげ ある おんときは ひを もって りに しょす とう うんぬん
ことに せいわてんのうは えいざんの えりょうわしょうの ほういに よって くらいに つき 
ていおうの がいそふ くじょう うじょうしょは せいじょうを えいざんに ささげ 
みなもとの うしょうぐんは せいわの まつようなり 
かまくらの ごせいばい ぜひを ろんぜず えいざんに いはいす てんめい おそれある ものか 

しかるに ごとばいんの ぎょう けんにん ねんちゅうに ほうねん だいにち とて ふたりの ぞうじょうまんの もの あり 
あっき その みに はいって くにじゅうの じょうげを おうわくし よを あげてねんぶつしゃと なり ひとごとに ぜんしゅうに おもむく 
ぞんの ほかに さんもんの ごきえ せんぱくなり 
くにじゅうの ほっけ しんごんの がくしゃ すておかれ おわんぬ 
ゆえに えいざん しゅごの てんしょうだいじん しょうはちまんぐう さんのうしちしゃ 
くにじゅうしゅごの しょだいぜんじん ほうみをくらわずして いこうをうしないこくどをすてさりおわんぬ 
あっき たよりを えて さいなんを いたし けっく たこくより この くにを やぶる べき せんそう かんがうる ところなり 
また そのご ぶんえい がんねん きのえね 7がつ いつか すいせい とうほうに いで よこう だいたい いっこくどに およぶ 
これ また よ はじまりて より いらい なき ところの きょうずいなり 
ない げてんの がくしゃも その きょうずいの こんげんを しらず 
よ いよいよ ひたんを ぞうちょうす 
しかるに かんもんを ささげて いご 9ヶねんを へて ことし のちの しょうがつ だいもうここくの こくしょを みるに 
にちれんが かんもんに あい かなうこと あたかも ふけいの ごとし

ほとけ しるして いわく わが めつどの のち ひゃくよねんを へて あそかだいおう しゅっせし わが しゃりを ひろめんと 
しゅうの だい4 しょうおうの ぎょう だいし そゆが しるしに いわく 1000ねんの ほか せいきょう この どに こうむらしめん と 
しょうとくたいしの しるしに いわく わが めつどの のち 200よねんを へて やましろの くにに へいあんじょうを たつべし と 
てんだいだいしの しるしに いわく わがめつご 200よねんの のち とうごくに うまれて わが しょうほうを ひろめん とう うんぬん 
みな はたして きぶんの ごとし 

にちれん しょうかの だいじしん おなじく たいふう おなじく ききん しょうがん がんねんの だいえき とうを みて しるして いわく 
たこくより この くにを やぶる べき せんそうなり と 
じさんに にたりと いえども もし この こくどを きえせば また ぶっぽうの はめつ うたがい なき ものなり 
しかるに とうせの こうそう とう ほうぼうの ものと どういの ものなり また じしゅうの げんていを しらざる ものなり 
さだめて ちょくせん みきょうしょを たまいて この きょうあくを きしょう するか 
ぶっしん いよいよ しんにを なし こくどを はえせん こと うたがい なき ものなり 
にちれん また これを たいじするの かた これを しる 
えいざんを のぞいて にほんこくには ただ いちにん なり 

たとえば にちげつの 2つ なきが ごとく しょうにん かたを ならべざるが ゆえなり 
もし この こと もうげん ならば にちれんが たもつ ところの ほけきょう しゅごの じゅうらせつの じばつ これを こうむらん 
ただ ひとえに くにの ため ほうの ため ひとの ためにして みの ために これを もうさず 
また ぜんもんに たいめんを とぐ ゆえに これを つぐ 
これを もちいざれば さだめて こうかい ある べし きょうきょう きんげん 
ぶんえい 5ねん たいさい いぬたつ しがつ いつか 
ほうがん ごぼう 
にちれん かおう 

◎あんこくろんごかんゆらい ひらがな漢字交互文へ

■あんこくろんごかんゆらい 背景と大意へ

◇あんこくろんごかんゆらい 目次へ

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# by hiraganagosho | 2013-08-04 20:45 | あんこく論ごかんゆらい
◎あんこくろんごかんゆらい
(ごしょ33ページ13行目から35ページ16行目まで)

(文永5年4月5日 47歳おん作)

しょうか がんねん たいさい ひのとみ 8がつ 23にち いぬいの とき ぜんだいに こえ おおいに じしんす.
正嘉 元年 太歳 丁巳 八月 廿三日 戌亥の 時 前代に 超え 大に 地振す.

どう 2ねん いぬうま 8がつ ついたち おおかぜ どう 3ねん みひつじ だいききん しょうがん がんねん みひつじ だいえきびょう どう 2ねん かのえさる.
同 二年 戊午 八月 一日 大風 同 三年 己未 大飢饉 正元 元年 己未 大疫病 同 二年 庚申.

しきに わたって だいえき おのれまず ばんみん すでに たいはんに こえて しを まねき おわんぬ. 
四季に 亘つて 大疫 已まず 万民 既に 大半に 超えて 死を 招き 了んぬ.

しかる あいだ こくしゅ これに おどろき ない げてんに おおせ つけて しゅじゅの ごきとう あり.
而る 間 国主 之に 驚き 内 外典に 仰せ 付けて 種種の 御祈祷 有り.

しかりと いえども いちぶんの しるしも なく かえって きえき とうを ぞうちょうす.
爾りと 雖も 一分の 験も 無く 還つて 飢疫 等を 増長す.

にちれん せけんの ていを みて ほぼ いっさいきょうを かんがうるに ごきしょう しるし なく. 
日蓮 世間の 体を 見て 粗 一切経を 勘うるに 御祈請 験 無く.

かえって きょうあくを ぞうちょう するの よし どうり もんしょう これを え おわんぬ.
還つて 凶悪を 増長 するの 由 道理 文証 之を 得了んぬ.

ついに やむことなく かんもん いっつうを つくり なして そのなを りっしょうあんこくろんと ごうす. 
終に 止むこと 無く 勘文 一通を 造り 作して 其の 名を 立正安国論と 号す.

ぶんおうがんねん かのえさる 7がつ16にち たつどき やどや にゅうどうに つけて.
文応 元年 庚申 七月 十六日 辰時 屋戸野 入道に 付けて.

こ さいみょうじ にゅうどう どのに そうしん もうし おわんぬ.
古 最明寺 入道 殿に 奏進 申し 了んぬ.

34ページ1行目

これ ひとえに こくどの おんを ほうぜんが ためなり.
此れ 偏に 国土の 恩を 報ぜんが 為なり.

その かんもんの こころは にほんこく てんじん 7だい ちしん 5だい ひゃくおう ひゃくだい にんおう だい3だい きんめいてんのうの ぎょうに はじめて.
其 勘文の 意は 日本国 天神 七代 地神 五代 百王 百代 人王 第卅代 欽明天皇の 御宇に 始めて.

くだらこくより ぶっぽう この くにに わたり かんむてんのうの ぎょうに いたって その ちゅうかん 50よだい 260よねん なり.
百済国より 仏法 此の 国に 渡り 桓武天皇の 御宇に 至つて 其の 中間 五十余代 二百六十余年 なり.

その あいだ いっさいきょう ならびに 6しゅう これ ありと いえども てんだい しんごんの 2しゅう いまだ これ あらず.
其の 間 一切経 並びに 六宗 之れ 有りと 雖も 天台 真言の 二宗 未だ 之れ有らず.

かんむの ぎょうに やましなでらの ぎょうひょう そうじょうの おんでしに さいちょうと いう こぞう あり. 
桓武の 御宇に 山階寺の 行表 僧正の 御弟子に 最澄と 云う 小僧 有り.

のちに でんぎょうだいしと ごうす.
後に 伝教大師と 号す.

いぜんに わたる ところの 6しゅう ならびに ぜんしゅう これを きわむと いえども いまだ わが いに かなわず.
已前に 渡る 所の 六宗 並に 禅宗 之を 極むと 雖も 未だ 我が 意に 叶わず.

しょうむてんのうの ぎょうに だいとうの がんじんわしょう わたす ところの てんだいの しょうじょ 40よねんを へて いご.
聖武天皇の 御宇に 大唐の 鑒真和尚 渡す 所の 天台の 章疏 四十余年を 経て已後.

はじめて さいちょう これを ひけんし ほぼ ぶっぽうの げんじを さとり おわんぬ.
始めて 最澄 之を 披見し 粗 仏法の 玄旨を 覚り 了んぬ.

さいちょう てんちょう ちきゅうの ために えんりゃく 4ねん えいざんを こんりゅうす.
最澄 天長 地久の 為に 延暦 四年 叡山を 建立す.

かんむこうてい これを あがめ てんし ほんめいの どうじょうと ごうし.
桓武皇帝 之を 崇め 天子 本命の 道場と 号し.

6しゅうの ごきえを すて いっこうに てんだい えんしゅうに きぶく したまう.
六宗の 御帰依を 捨て 一向に 天台 円宗に 帰伏し 給う.

どう えんりゃく 13ねんに ながおかの みやこを うつして へいあんじょうを たつ.
同 延暦 十三年に 長岡の 京を 遷して 平安城を 建つ.

どう えんりゃく 21ねん しょうがつ 19にち たかおでらに おいて. 
同 延暦 廿一年 正月 十九日 高雄寺に 於て.

なんと 7だいじの 6しゅうの せきがく きんそう ちょうよう とうの 14にんをめしあわせ しょうぶを けつだんす.
南都 七大寺の 六宗の 碩学 勤操 長耀 等の 十四人を 召し 合せ 勝負を 決談す.

6しゅうの めいしょう 1 もんどうにも およばず くちを とずること はなの ごとし. 
六宗の 明匠 一 問答にも 及ばず 口を 閉ずる こと 鼻の 如し.

けごんしゅうの 5きょう ほっそうしゅうの 3じ 3ろんしゅうの 2ぞう 3じの しょりゅうを はし おわんぬ. 
華厳宗の 五教 法相宗の 三時 三論宗の 二蔵 三時の 所立を 破し 了んぬ.

ただ じしゅうを やぶらるる のみに あらず みな ほうぼうの もの いることをしる. 
但 自宗を 破らるる のみに 非ず 皆 謗法の 者 為ることを 知る.

おなじき 29にち こうてい ちょくせんを くだして これを なじる.
同じき 廿九日 皇帝 勅宣を 下して 之を 詰る.

14にん しゃひょうを つくって こうていに ささげ たてまつる.
十四人 謝表を 作つて 皇帝に 捧げ 奉る.

そのご だいだいの こうてい えいざんの ごきえは こうしの ふぼに つかうるに こえ れいみんの おういを おそるるに まされり.
其の 後 代代の 皇帝 叡山の 御帰依は 孝子の 父母に 仕うるに 超え 黎民の王威を 恐るるに 勝れり.

ある おんときは せんみょうを ささげ ある おんときは ひを もって りに しょす とう うんぬん.
或 御時は 宣明を 捧げ 或 御時は 非を 以て 理に 処す 等 云云.

ことに せいわてんのうは えいざんの えりょうわしょうの ほういに よって くらいに つき.
殊に 清和天皇は 叡山の 恵亮和尚の 法威に 依つて 位に 即き.

ていおうの がいそふ くじょう うじょうしょは せいじょうを えいざんに ささげ.
帝王の 外祖父 九条 右丞相は 誓状を 叡山に 捧げ.

みなもとの うしょうぐんは せいわの まつようなり.
源の 右将軍は 清和の 末葉なり.

かまくらの ごせいばい ぜひを ろんぜず えいざんに いはいす てんめい おそれある ものか.
鎌倉の 御成敗 是非を 論ぜず 叡山に 違背す 天命 恐れ 有る 者か.

しかるに ごとばいんの ぎょう けんにん ねんちゅうに ほうねん だいにち とて ふたりの ぞうじょうまんの もの あり.
然るに 後鳥羽院の 御宇 建仁 年中に 法然 大日 とて 二人の 増上慢の 者 有り.

あっき その みに はいって くにじゅうの じょうげを おうわくし よを あげてねんぶつしゃと なり ひとごとに ぜんしゅうに おもむく. 
悪鬼 其の 身に 入つて 国中の 上下を 誑惑し 代を 挙げて 念仏者と 成り 人毎に 禅宗に 趣く.

ぞんの ほかに さんもんの ごきえ せんぱくなり. 
存の 外に 山門の 御帰依 浅薄なり. 

くにじゅうの ほっけ しんごんの がくしゃ すておかれ おわんぬ.
国中の 法華 真言の 学者 棄て 置かれ 了んぬ.

ゆえに えいざん しゅごの てんしょうだいじん しょうはちまんぐう さんのうしちしゃ. 
故に 叡山 守護の 天照太神 正八幡宮 山王七社.

くにじゅうしゅごの しょだいぜんじん ほうみをくらわずして いこうをうしないこくどをすてさりおわんぬ. 
国中 守護の 諸大善神 法味を 飧わずして 威光を 失い 国土を 捨て 去り 了んぬ.

あっき たよりを えて さいなんを いたし けっく たこくより この くにを やぶる べき せんそう かんがうる ところなり.
悪鬼 便りを 得て 災難を 致し 結句 他国より 此の 国を 破る 可き 先相 勘うる 所なり.

また そのご ぶんえい がんねん きのえね 7がつ いつか すいせい とうほうに いで よこう だいたい いっこくどに およぶ. 
又 其の 後 文永 元年 甲子 七月 五日 彗星 東方に 出で 余光 大体 一国土に 及ぶ.

35ページ1行目

これ また よ はじまりて より いらい なき ところの きょうずいなり.
此れ 又 世 始まりて より 已来 無き 所の 凶瑞なり.

ない げてんの がくしゃも その きょうずいの こんげんを しらず.
内 外典の 学者も 其の 凶瑞の 根源を 知らず.

よ いよいよ ひたんを ぞうちょうす.
予 弥よ 悲歎を 増長す.

しかるに かんもんを ささげて いご 9ヶねんを へて ことし のちの しょうがつ だいもうここくの こくしょを みるに.
而るに 勘文を 捧げて 已後 九ケ年を 経て 今年 後の 正月 大蒙古国の 国書を 見るに.

にちれんが かんもんに あい かなうこと あたかも ふけいの ごとし.
日蓮が 勘文に 相 叶うこと 宛かも 符契の 如し.

ほとけ しるして いわく わが めつどの のち ひゃくよねんを へて あそかだいおう しゅっせし わが しゃりを ひろめんと. 
仏 記して 云く 我が 滅度の 後 一百余年を 経て 阿育大王 出世し 我が 舎利を 弘めん と.

しゅうの だい4 しょうおうの ぎょう だいし そゆが しるしに いわく 1000ねんの ほか せいきょう この どに こうむらしめん と. 
周の 第四 昭王の 御宇 大史 蘇由が 記に 云く 一千年の 外 声教 此の 土に 被らしめん と.

しょうとくたいしの しるしに いわく わが めつどの のち 200よねんを へて やましろの くにに へいあんじょうを たつべし と. 
聖徳太子の 記に 云く 我が 滅度の 後 二百余年を 経て 山城の 国に 平安城を 立つ可し と.

てんだいだいしの しるしに いわく わがめつご 200よねんの のち とうごくに うまれて わが しょうほうを ひろめん とう うんぬん.
天台大師の 記に 云く 我が 滅後 二百余年の 已後 東国に 生れて 我が 正法を 弘めん 等 云云.

みな はたして きぶんの ごとし.
皆 果して 記文の 如し.

にちれん しょうかの だいじしん おなじく たいふう おなじく ききん しょうがん がんねんの だいえき とうを みて しるして いわく. 
日蓮 正嘉の 大地震 同じく 大風 同じく 飢饉 正元 元年の 大疫 等を 見て記して 云く.

たこくより この くにを やぶる べき せんそうなり と.
他国より 此の 国を 破る 可き 先相なり と.

じさんに にたりと いえども もし この こくどを きえせば また ぶっぽうの はめつ うたがい なき ものなり.
自讃に 似たりと 雖も 若し 此の 国土を 毀壊せば 復た 仏法の 破滅 疑い 無き 者なり.

しかるに とうせの こうそう とう ほうぼうの ものと どういの ものなり また じしゅうの げんていを しらざる ものなり. 
而るに 当世の 高僧 等 謗法の 者と 同意の 者なり 復た 自宗の 玄底を 知らざる 者なり.

さだめて ちょくせん みきょうしょを たまいて この きょうあくを きしょう するか.
定めて 勅宣 御教書を 給いて 此の 凶悪を 祈請 するか.

ぶっしん いよいよ しんにを なし こくどを はえせん こと うたがい なき ものなり.
仏神 弥よ 瞋恚を 作し 国土を 破壊せん 事 疑い 無き 者なり.

にちれん また これを たいじするの かた これを しる.
日蓮 復 之を 対治するの 方 之を 知る.

えいざんを のぞいて にほんこくには ただ いちにん なり.
叡山を 除いて 日本国には 但 一人 なり.

たとえば にちげつの 2つ なきが ごとく しょうにん かたを ならべざるが ゆえなり.
譬えば 日月の 二つ 無きが 如く 聖人 肩を 並べざるが 故なり.

もし この こと もうげん ならば にちれんが たもつ ところの ほけきょう しゅごの じゅうらせつの じばつ これを こうむらん.
若し 此の 事 妄言 ならば 日蓮が 持つ 所の 法華経 守護の 十羅刹の 治罰 之を 蒙らん.

ただ ひとえに くにの ため ほうの ため ひとの ためにして みの ために これを もうさず. 
但 偏に 国の 為 法の 為 人の 為にして 身の 為に 之を 申さず.

また ぜんもんに たいめんを とぐ ゆえに これを つぐ.
復 禅門に 対面を 遂ぐ 故に 之を 告ぐ.

これを もちいざれば さだめて こうかい ある べし きょうきょう きんげん.
之を 用いざれば 定めて 後悔 有る 可し 恐恐 謹言.

ぶんえい 5ねん たいさい いぬたつ しがつ いつか.
文永 五年 太歳 戊辰 四月 五日.

ほうがん ごぼう にちれん かおう.
法鑒 御房 日蓮 花押.

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# by hiraganagosho | 2013-08-04 20:22 | あんこく論ごかんゆらい
 ※まだひらがな訳を含め未完成です。 

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# by hiraganagosho | 2013-07-21 05:11 | きょうきじこく抄
○きょうきじこくしょう

こうちょう 2ねん 2がつ とうか 41さい おんさく 
ほんちょう しゃもん にちれん これを きす 

1に きょうとは しゃかにょらい しょせつの いっさいの きょう りつ ろん 5048かん 480ちつ 
てんじくに るふすること いっせんねん ほとけの めつご いっせん 115ねんに あたって しんたんこくに ぶっきょう わたる 
ごかんの こうめいてい えいへい 10ねん ひのとう より 
とうの げんそうこうてい かいげん 18ねん かのえうまに いたる 664さいのあいだに いっさいきょう わたり おわんぬ 
この いっさいの きょう りつ ろんの なかに しょうじょう だいじょう ごんきょう じっきょう けんきょう みっきょうあり これらを わきまうべし 
この みょうもくは ろんし にんしよりも いでず ぶっせつより おこる 
じゅっぽう せかいの いっさいしゅじょう ひとりも なく これを もちうべし 
これを もちいざる ものは げどうと しるべきなり 
あごんきょうを しょうじょうと とく ことは ほうどう はんにゃ ほっけ ねはん とうの しょだいじょうきょうより いでたり 
ほけきょうには いっこうに しょうじょうを ときて ほけきょうを とかざれば ほとけ けんどんに おつすべしと ときたもう 
ねはんぎょうには いっこうに しょうじょうきょうを もちいて ほとけを むじょうなりと いわんひとは した こうちゅうに ただるべしと うんぬん 

2に きとは ぶっきょうを ひろむる ひとは かならず きこんを しるべし 
しゃりほつそんじゃは こんしに ふじょうかんを おしえ かんえの ものには すそくかんを おしうる あいだ 90にちを へて  
しょけの でし ぶっぽうを 1ぶんも おぼえらずして かえって じゃけんを おこし いっせんだいと なり おわんぬ 
ほとけは こんしに すそくかんを おしえ かんえの ものに ふじょうかんを おしえたもう ゆえに しゅゆの あいだに おぼえる ことを えたり 
ちえ だい1の しゃりほつすら なお きを しらず 
いかに いわんや まつだいの ぼんし きを しりがたし 
ただし きを しらざる ぼんしは しょけの でしに いっこうに ほけきょうを おしうべし 
とうて いわく むちの ひとの なかにして この きょうを とくこと なかれとの もんは いかん 
こたえて いわく きを しるは ちじんの せっぽうする ことなり 
また ほうぼうの ものに むかっては いっこうに ほけきょうを とくべし どっくの えんと なさんが ためなり 
れいせば ふきょうぼさつの ごとし 
また ちしゃと なるべき きと しらば かならず まず しょうじょうを おしえ つぎに ごんだいじょうを おしえ あとに じつだいじょうを おしう べし 
ぐしゃと しらば かならず じつだいじょうを おしう べし 
しんぼう ともに げしゅと なれば なり 

3に ときとは ぶっきょうを ひろめん ひとは かならず ときを しるべし  
たとえば のうにんの しゅうとう たを つくるに たねと ちと ひとの こうろうとは たがわざれども 1ぶんも えき なく かえって そんす 
1だんを つくる ものは しょうぞん なり 1ちょう 2ちょう とうの ものは だいそんなり 
しゅんか こうさく すれば じょう ちゅう げに したがって みな ぶんぶんに やく あるが ごとし 
ぶっぽうも またまた かくの ごとし ときを しらずして ほうを ひろめば やく なきうえ かえって あくどうに だする なり 
ほとけ しゅっせい したもうて かならず ほけきょうを とかんと ほっするに 
たとい き あれども とき なきが ゆえに 40よねんには この きょうを ときた まわず 
ゆえに きょうに いわく せつじ いまだ いたらざるが ゆえなり とうと うんぬん 
ほとけの めつごの つぎの ひより しょうほう いっせんねんは じかいの ものは おおく はかいの ものは すくなし 
しょうほう いっせんねんの つぎの ひより ぞうほう いっせんねんは はかいの ものは おおく むかいの ものは すくなし 
ぞうほう いっせんねんの つぎの ひより まっぽう 1まんねんは はかいの ものは すくなく むかいの ものは おおし 
しょうほうには はかい むかいを すてて じかいの ものを くよう すべし 
ぞうほうには むかいを すてて はかいの ものを くよう すべし 
まっぽうには むかいの ものを くようすること ほとけの ごとく すべし 
ただし ほけきょうを ぼうぜん ものをば しょう ぞう まつの 3じに わたりて 
じかいの ものをも むかいの ものをも はかいの ものをも ともに くよう すべからず 
くようせば かならず くにに 3さい ひちなん おこり くようせし ものも かならず むげんだいじょうに だすべきなり 
ほけきょうの ぎょうじゃの ごんきょうを ぼうずるは しゅくん おや しの しょじゅう しそく でしらを ばっするが ごとし 
ごんきょうの ぎょうじゃの ほけきょうを ぼうずるは しょじゅう しそく でしらの しゅくん おや しを ばっするが ごとし 
また とうせは まっぽうに いって 2ひゃく いちじゅう よねん なり 
ごんきょう ねんぶつとうの ときか ほけきょうの ときか よく よく じこくを かんがう べきなり 

4に くにとは ぶっきょうは かならず くにに よって これを ひろむべし 
くに には かんこく ねつこく ひんこく ふこく ちゅうこく へんこく たいこく しょうこく いっこうちゅうとうこく いっこうせっしょうこく いっこうふこうこく とう これ あり 
また いっこう しょうじょうの くに いっこう だいじょうの くに だい しょう けんがくの くにも これ あり 
しかるに にほんこくは いっこうに しょうじょうの くにか いっこうに だいじょうの くにか だい しょう けんがくの くに なるか よく よく これを かんばう べし 
5に きょうほうるふの せんごとは いまだ ぶっぽう わたらざる くに には いまだ ぶっぽうを きかざる ものあり 
すでに ぶっぽう わたれる くに には ぶっぽうを しんずる ものあり 
かならず さきに ひろまれる ほうを しって のちの ほうを ひろむべし 
さきに しょうじょう ごんだいじょう ひろまらば のちに かならず じつだいじょうを ひろむべし 
さきに じつだいじょう ひろまらば のちに しょうじょう ごんだいじょうを ひろむ べからず 
がりゃくを すてて こんじゅを とるべし こんじゅを すてて がりゃくを とること なかれ 

いじょうの この 5ぎを しって ぶっぽうを ひろめば にほんこくの こくしと なる べきか 
ゆえに ほけきょうは いっさいきょうの なかの だい1の きょうおう なりと しるは これ おしえを しる ものなり 
ただし こうたくの ほううん どうじょうの えかん とうは ねはんぎょうは ほけきょうに すぐれたりと 
しょうりょうざんの ちょうかん こうやの こうぼう とうは けごんきょう だいにちきょう とうは ほけきょうに すぐれたりと 
かしょうじの きちぞう じおんじの きほっし とうは はんにゃ じんみつ とうの 2きょうは ほけきょうに すぐれたりと いう 
てんだいさんの ちしゃだいし ただ ひとりのみ いっさいきょうの なかに ほけきょうを すぐれたりと たつる のみに あらず 
ほけきょうに すぐれたる きょう これ ありと いわん ものを かんぎょう せよ 
やまずんば げんせに した こうちゅうに ただれ ごしょうは あびじごくに だすべし とうと うんぬん 
これらの そういを よく よく これを わきまえたる ものは おしえを しれる ものなり 

とうせの せんまんの がくしゃ とう いち いちに これに まよえるか  
もし しからば きょうを しれる もの これ すくなきか 
おしえを しれる もの これ なければ ほけきょうを よむ もの これ なし 
ほけきょうを よむもの これ なければ こくしと なる もの なきなり 
こくしと なるもの なければ くにじゅうの しょにん いっさいきょうの だい しょう ごん じつ けん みつ の さべつに まようて 
ひとりに おいても しょうじを はなるる もの これなく 
けっくは ほうぼうの ものと なり ほうに よって あびじごくに だする ものは だいちの みじん よりも おおく 
ほうに よって しょうじを はなるる ものは そうじょうの つちよりも すくなし 
おそるべし おそるべし 

にほんこくの いっさいしゅじょうは かんむこうていより このかた 4ひゃくよねん いっこうに ほけきょうの きなり 
れいせば りょうぜん 8かねんの じゅんえんの き たるが ごとし 
てんだいだいし しょうとくたいし がんじんわしょう こんぽんだいし あんねんわしょう えしん とうの しるしに これ あり 
これ きを しれるなり 
しかるに とうせの がくしゃの いわく にほんこくは いっこうに しょうみょう ねんぶつの きなり とうと うんぬん
れいせば しゃりほつの きに まようて しょけの しゅうを いっせんだいと なせしが ごとし 
にほんこくの とうせは にょらいの めつご 2せん2ひゃく いちじゅうよねん ご 500さいに あたって 
みょうほうれんげきょう こうせんるふの じこくなり これ ときを しれる なり
しかるに にほんこくの とうせの がくしゃ あるいは ほけきょうを なげうちて いっこうに しょうみょうねんぶつを げんじ  
あるいは しょうじょうの かいりつを おしえて えいざんの だいそうを あなずり  
あるいは きょうげを たてて ほっけの しょうほうを かろしむ
これらは ときに まよえる ものか
れいせば しょういびくが きこんぼさつを ぼうじ
とくこうろんしが みろくぼさつを あなずりて あびの だいくを まねきしが ごとし

にほんこくは いっこうに ほけきょうの くになり
れいせば しゃえいこくの いっこうに だいじょう なりしが ごとし 
また てんじくには いっこうに しょうじょうの くに いっこうに だいじょうの くに だい しょう けんがくの くにも これ あり 
にほんこくは いっこう だいじょうの くになり だいじょうの なかにも ほけきょうの くに たる べきなり
ゆがろん ちょうこうの き しょうとくたいし でんぎょうだいし あんねん とうの き これあり これ くにを しれる ものなり 
しかるに とうせのがくしゃ にほんこくの しゅじょうに むかって いっこうに しょうじょうの かいりつを さずけ 
いっこうに ねんぶつしゃ とうと なすは 
たとえば ほうきに えじきを いれたるが ごとし とう うんぬん 
ほうきの たとえ でんぎょうだいしの しゅご しょうに あり

にほんこくには きんめいてんのうの ぎょうに ぶっぽう くだらこくより わたり はじめしより かんむてんのうに いたるまで 
2ひゃく40よねんの あいだ この くにに しょうじょう ごんだいじょう のみ ひろまり 
ほけきょう ありと いえども その ぎ いまだ あらわれず 
れいせば しんたんこくに ほけきょう わたって 300よねんの あいだ 
ほけきょう ありと いえども その ぎ いまだ あらわれ ざりしが ごとし
かんむてんのうの ぎょうに でんぎょうだいし いまして 
しょうじょう ごんだいじょうの ぎを はして ほけきょうの じつぎを あらわせしより このかた また いぎなく じゅんいつに ほけきょうを しんず 
たとい けごん はんにゃ じんみつ あごん だいしょうの 6しゅうを がくする ものも ほけきょうを もって しょせん となす 
いわんや てんだい しんごんの がくしゃをや いかに いわんや ざいけの むちの ものをや 
れいせば こんろんざんに いし なく ほうらいざんに どく なきが ごとし 
けんにんより このかた いまに 50よねんの あいだ だいにち ぶっだ ぜんしゅうを ひろめ 
ほうねん りゅうかん じょうどしゅうを おこし じつだいじょうを はして ごんしゅうに つき いっさいきょうを すてて きょうがいを たつ 
たとえば たまを すてて いしを とり ちを はなれて そらに のぼるが ごとし 
これは きょうほうるふの せんごを しらざる ものなり 

ほとけ いましめて いわく あくぞうに あうとも あくちしきに あわざれ とうと うんぬん
ほけきょうの かんじぼんに ごの 5ひゃくさい 2せんよねんに あたって ほけきょうの てきじん 3るい ある べしと しるし おき たまえり 

とうせは ご 5ひゃくさいに あたれり 
にちれん ぶつごの じっぴを かんがうるに 3るいの てきじん これあり これを かくさば ほけきょうの ぎょうじゃに あらず 
これを あらわさば しんみょう さだめて うしなわんか
ほけきょう だい4に いわく しかも この きょうは にょらいの げんざいにすら なお おんしつ おおし いわんや めつどの のちをや とうと うんぬん 
おなじく だい5に いわく いっさい せけん あだ おおくして しんじ がたし と  
また いわく われ しんみょうを あいせず ただ むじょうどうを おしむ と 
どう だい6に いわく みずから しんみょうを おしまず と うんぬん 
ねはんぎょう だい9に いわく 
たとえば おうしの よく だんろんし ほうべんに たくみなる いのちを たこくに うけ むしろ しんみょうを うしなうとも 
ついに おうの しょせつの げんきょうを かくさざるが ごとし 
ちしゃも また しかなり 
ぼんぷの なかに おいて しんみょうを おしまずして かならず だいじょう ほうとうを せんぜつ すべし と うんぬん 
しょうあんだいし しゃくして いわく 
にょう そうしん みょうふのくきょう とは みはかるく ほうは おもし みを ころして ほうを ひろめよ とうと うんぬん 

これらの ほんぶんを みれば 3るいの てきじんを あらわさずんば ほけきょうの ぎょうじゃに あらず 
これを あらわすは ほけきょうの ぎょうじゃなり 
しかれども かならず しんみょうを うしなわんか 
れいせば ししそんじゃ だいばぼさつ とうの ごとく ならん うんぬん

2がつ とうか にちれん かおう

◎きょうきじこく抄 ひらがな漢字交互文 1へ

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# by hiraganagosho | 2013-07-19 21:59 | きょうきじこく抄
◎きょうきじこくしょう ひらがな漢字交互文1
(ごしょ438ページ1行目から442ページ3行目まで)

こうちょう 2ねん 2がつ とうか 41さい おんさく.
弘長 二年 二月 十日  四十一歳 御作.

ほんちょう しゃもん にちれん これを きす.
本朝 沙門 日蓮 之を 註す.

1に きょうとは しゃかにょらい しょせつの いっさいの きょう りつ ろん 5048かん 480ちつ.
一に 教とは 釈迦如来 所説の 一切の 経 律 論 五千四十八巻 四百八十帙.

てんじくに るふすること いっせんねん ほとけの めつご いっせん 115ねんに あたって しんたんこくに ぶっきょう わたる.
天竺に 流布すること 一千年 仏の 滅後 一千一十五年に 当つて 震旦国に 仏経 渡る.

ごかんの こうめいてい えいへい 10ねん ひのとう より.
後漢の 孝明皇帝 永平 十年 丁卯 より.

とうの げんそうこうてい かいげん 18ねん かのえうまに いたる 664さいのあいだに いっさいきょう わたり おわんぬ.  
唐の 玄宗皇帝 開元 十八年 庚午に 至る 六百六十四歳の 間に 一切経 渡り 畢んぬ.

この いっさいの きょう りつ ろんの なかに しょうじょう だいじょう ごんきょう じっきょう けんきょう みっきょうあり これらを わきまうべし.
此の 一切の 経 律 論の 中に 小乗 大乗 権経 実経 顕経 密経あり 此等を 弁うべし.

この みょうもくは ろんし にんしよりも いでず ぶっせつより おこる.
此の 名目は 論師 人師よりも 出でず 仏説より 起る.

じゅっぽう せかいの いっさいしゅじょう ひとりも なく これを もちうべし. 
十方 世界の 一切衆生 一人も 無く 之を 用うべし.

これを もちいざる ものは げどうと しるべきなり. 
之を 用いざる 者は 外道と 知るべきなり.

あごんきょうを しょうじょうと とく ことは ほうどう はんにゃ ほっけ ねはん とうの しょだいじょうきょうより いでたり. 
阿含経を 小乗と 説く 事は 方等 般若 法華 涅槃 等の 諸大乗経より 出でたり.

ほけきょうには いっこうに しょうじょうを ときて ほけきょうを とかざれば ほとけ けんどんに おつすべしと ときたもう. 
法華経には 一向に 小乗を 説きて 法華経を 説かざれば 仏 慳貪に 堕すべしと 説きたもう.

ねはんぎょうには いっこうに しょうじょうきょうを もちいて ほとけを むじょうなりと いわんひとは した こうちゅうに ただるべしと うんぬん.
涅槃経には 一向に 小乗経を 用いて 仏を 無常なりと 云わん 人は  舌 口中に 爛るべしと 云云.

2に きとは ぶっきょうを ひろむる ひとは かならず きこんを しるべし. 
二に 機とは 仏教を 弘むる 人は 必ず 機根を 知るべし.

しゃりほつそんじゃは こんしに ふじょうかんを おしえ かんえの ものには すそくかんを おしうる あいだ 90にちを へて.
舎利弗尊者は 金師に 不浄観を 教え 浣衣の 者には 数息観を 教うる 間 九十日を 経て.
 
しょけの でし ぶっぽうを 1ぶんも おぼえらずして かえって じゃけんを おこし いっせんだいと なり おわんぬ.
所化の弟子 仏法を 一分も 覚らずして 還つて 邪見を 起し 一闡提と 成り 畢んぬ.

ほとけは こんしに すそくかんを おしえ かんえの ものに ふじょうかんを おしえたもう ゆえに しゅゆの あいだに おぼえる ことを えたり.
仏は 金師に 数息観を 教え 浣衣の 者に 不浄観を 教えたもう 故に 須臾の 間に 覚る ことを 得たり.

ちえ だい1の しゃりほつすら なお きを しらず.
智慧 第一の 舎利弗すら 尚 機を 知らず.

いかに いわんや まつだいの ぼんし きを しりがたし.
何に 況や 末代の 凡師 機を 知り 難し.

ただし きを しらざる ぼんしは しょけの でしに いっこうに ほけきょうを おしうべし.
但し 機を 知らざる 凡師は 所化の 弟子に 一向に 法華経を 教うべし.

とうて いわく むちの ひとの なかにして この きょうを とくこと なかれとの もんは いかん.
問うて 云く 無智の 人の 中にして 此の 経を 説くこと 莫れとの 文は 如何.

こたえて いわく きを しるは ちじんの せっぽうする ことなり. 
答えて 云く 機を 知るは 智人の 説法する 事なり.

また ほうぼうの ものに むかっては いっこうに ほけきょうを とくべし どっくの えんと なさんが ためなり.
又 謗法の 者に 向つては 一向に 法華経を 説くべし 毒鼓の 縁と 成さんが 為なり.

れいせば ふきょうぼさつの ごとし. 
例せば 不軽菩薩の 如し.

また ちしゃと なるべき きと しらば かならず まず しょうじょうを おしえ つぎに ごんだいじょうを おしえ あとに じつだいじょうを おしう べし.
亦 智者と 成る 可き 機と 知らば 必ず 先ず 小乗を 教え 次に 権大乗を 教え 後に 実大乗を 教う 可し.

ぐしゃと しらば まず かならず じつだいじょうを おしう べし.
愚者と 知らば 必ず 先ず 実大乗を 教う 可し. 

しんぼう ともに げしゅと なれば なり.
信謗 共に 下種と 為れば なり.

439ページ1行目

3に ときとは ぶっきょうを ひろめん ひとは かならず ときを しるべし.
三に 時とは 仏教を弘めん 人は 必ず 時を 知るべし.
 
たとえば のうにんの しゅうとう たを つくるに たねと ちと ひとの こうろうとは たがわざれども 1ぶんも えき なく かえって そんす.
譬えば 農人の 秋冬 田を 作るに 種と 地と 人の 功労とは 違わざれども 一分も 益 無く 還つて 損す.

1だんを つくる ものは しょうぞん なり 1ちょう 2ちょう とうの ものは だいそんなり.
一段を 作る 者は 少損 なり 一町 二町 等の 者は 大損なり.

しゅんか こうさく すれば じょう ちゅう げに したがって みな ぶんぶんに やく あるが ごとし. 
春夏 耕作 すれば 上 中 下に 随つて 皆 分分に 益 有るが 如し.

ぶっぽうも またまた かくの ごとし ときを しらずして ほうを ひろめば やく なきうえ かえって あくどうに だする なり. 
仏法も 亦復 是くの 如し 時を 知らずして 法を 弘めば 益 無き 上 還つて 悪道に 堕する なり.

ほとけ しゅっせい したもうて かならず ほけきょうを とかんと ほっするに.
仏 出世 したもうて 必ず 法華経を 説かんと 欲するに.

たとい き あれども とき なきが ゆえに 40よねんには この きょうを ときた まわず. 
縦い 機 有れども 時 無きが 故に 四十余年には 此の 経を 説き たまわず.

ゆえに きょうに いわく せつじ いまだ いたらざるが ゆえなり とうと うんぬん. 
故に 経に 云く 説時 未だ 至らざるが 故なり 等と 云云.

ほとけの めつごの つぎの ひより しょうほう いっせんねんは じかいの ものは おおく はかいの ものは すくなし.
仏の 滅後の 次の 日より 正法 一千年は 持戒の 者は 多く 破戒の 者は 少し.

しょうほう いっせんねんの つぎの ひより ぞうほう いっせんねんは はかいの ものは おおく むかいの ものは すくなし. 
正法 一千年の 次の 日より 像法 一千年は 破戒の 者は 多く 無戒の 者は 少し.

ぞうほう いっせんねんの つぎの ひより まっぽう 1まんねんは はかいの ものは すくなく むかいの ものは おおし. 
像法 一千年の 次の 日より 末法 一万年は 破戒の 者は 少く 無戒の 者は 多し.

しょうほうには はかい むかいを すてて じかいの ものを くよう すべし. 
正法には 破戒 無戒を 捨てて 持戒の 者を 供養 すべし.

ぞうほうには むかいを すてて はかいの ものを くよう すべし.
像法には 無戒を 捨てて 破戒の 者を 供養 すべし.

まっぽうには むかいの ものを くようすること ほとけの ごとく すべし.
末法には 無戒の 者を 供養すること 仏の 如くすべし.

ただし ほけきょうを ぼうぜん ものをば しょう ぞう まつの 3じに わたりて.
但し 法華経を 謗ぜん 者をば 正 像 末の 三時に 亘りて. 

じかいの ものをも むかいの ものをも はかいの ものをも ともに くよう すべからず.
持戒の 者をも 無戒の 者をも 戒の 者をも 共に 供養 すべからず. 

くようせば かならず くにに 3さい ひちなん おこり くようせし ものも かならず むげんだいじょうに だすべきなり. 
供養せば 必ず 国に 三災 七難 起り 供養せし 者も 必ず 無間大城に 堕すべきなり.

ほけきょうの ぎょうじゃの ごんきょうを ぼうずるは しゅくん おや しの しょじゅう しそく でしらを ばっするが ごとし.
法華経の 行者の 権経を 謗ずるは 主君 親 師の 所従 子息 弟子等を 罰するが 如し.

ごんきょうの ぎょうじゃの ほけきょうを ぼうずるは しょじゅう しそく でしらの しゅくん おや しを ばっするが ごとし. 
権経の 行者の 法華経を 謗ずるは 所従 子息 弟子等の 主君 親 師を 罰するが 如し.

また とうせは まっぽうに いって 2ひゃく いちじゅう よねん なり. 
又 当世は 末法に 入つて 二百 一十 余年 なり.

ごんきょう ねんぶつとうの ときか ほけきょうの ときか よく よく じこくを かんがう べきなり.
権経 念仏等の 時か 法華経の 時か 能く 能く 時刻を 勘う べきなり.

4に くにとは ぶっきょうは かならず くにに よって これを ひろむべし.
四に 国とは 仏教は 必ず 国に 依つて 之を 弘むべし. 

くにには かんこく ねつこく ひんこく ふこく ちゅうこく へんこく たいこく しょうこく いっこうちゅうとうこく いっこうせっしょうこく いっこうふこうこく とう これ あり.
国には 寒国 熱国 貧国 富国 中国 辺国 大国 小国 一向偸盗国 一向殺生国 一向不孝国 等 之 有り.

また いっこう しょうじょうの くに いっこう だいじょうの くに だい しょう けんがくの くにも これ あり. 
又 一向 小乗の 国 一向大乗の 国 大 小 兼学の 国も 之 有り.

しかるに にほんこくは いっこうに しょうじょうの くにか いっこうに だいじょうの くにか だい しょう けんがくの くに なるか よく よく これを かんばう べし.
而るに 日本国は 一向に 小乗の国か 一向に 大乗の 国か 大 小 兼学の 国 なるか 能く 能く 之を 勘う べし.

5に きょうほうるふの せんごとは いまだ ぶっぽう わたらざる くに には いまだ ぶっぽうを きかざる ものあり. 
五に 教法流布の 先後とは 未だ 仏法 渡らざる 国 には 未だ 仏法を 聴かざる 者あり.

すでに ぶっぽう わたれる くに には ぶっぽうを しんずる ものあり.
既に 仏法 渡れる 国 には 仏法を 信ずる 者あり.

かならず さきに ひろまれる ほうを しって のちの ほうを ひろむべし.
必ず 先に 弘まれる 法を 知つて 後の 法を 弘むべし.

さきに しょうじょう ごんだいじょう ひろまらば のちに かならず じつだいじょうを ひろむべし.
先に 小乗 権大乗 弘らば 後に 必ず 実大乗を 弘むべし.

さきに じつだいじょう ひろまらば のちに しょうじょう ごんだいじょうを ひろむ べからず. 
先に 実大乗 弘らば 後に 小乗 権大乗を 弘む べからず.

がりゃくを すてて こんじゅを とるべし こんじゅを すてて がりゃくを とること なかれ.
瓦礫を 捨てて 金珠を 取るべし 金珠を 捨てて 瓦礫を 取ること 勿れ.

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# by hiraganagosho | 2013-07-19 20:38 | きょうきじこく抄
◎きょうきじこくしょう ひらがな漢字交互文2
440ページ1行目

いじょうの この 5ぎを しって ぶっぽうを ひろめば にほんこくの こくしと なる べきか.
已上の 此の 五義を 知つて 仏法を 弘めば 日本国の 国師と 成る 可きか.

ゆえに ほけきょうは いっさいきょうの なかの だい1の きょうおう なりと しるは これ おしえを しる ものなり. 
所以に 法華経は 一切経の 中の 第一の 経王 なりと 知るは 是れ 教を 知る 者なり.

ただし こうたくの ほううん どうじょうの えかん とうは ねはんぎょうは ほけきょうに すぐれたりと. 
但し 光宅の 法雲 道場の 慧観 等は 涅槃経は 法華経に 勝れたりと.

しょうりょうざんの ちょうかん こうやの こうぼう とうは けごんきょう だいにちきょう とうは ほけきょうに すぐれたりと. 
清涼山の 澄観 高野の 弘法 等は 華厳経 大日経 等は 法華経に 勝れたりと.

かしょうじの きちぞう じおんじの きほっし とうは はんにゃ じんみつ とうの 2きょうは ほけきょうに すぐれたりと いう. 
嘉祥寺の 吉蔵 慈恩寺の 基法師 等は 般若 深密 等の 二経は 法華経に 勝れたりと 云う.

てんだいさんの ちしゃだいし ただ ひとりのみ いっさいきょうの なかに ほけきょうを すぐれたりと たつる のみに あらず. 
天台山の 智者大師 只 一人のみ 一切経の 中に 法華経を 勝れたりと 立つる のみに 非ず.

ほけきょうに すぐれたる きょう これ ありと いわん ものを かんぎょう せよ. 
法華経に 勝れたる 経 之れ 有りと 云わん 者を 諌暁 せよ.

やまずんば げんせに した こうちゅうに ただれ ごしょうは あびじごくに だすべし とうと うんぬん. 
止まずんば 現世に 舌 口中に 爛れ 後生は 阿鼻地獄に 堕すべし 等と 云云.

これらの そういを よく よく これを わきまえたる ものは おしえを しれる ものなり. 
此等の 相違を 能く 能く 之を 弁えたる 者は 教を 知れる 者なり.

とうせの せんまんの がくしゃ とう いち いちに これに まよえるか. 
当世の 千万の 学者 等 一 一に 之に 迷えるか.
 
もし しからば きょうを しれる もの これ すくなきか.
若し 爾らば 教を 知れる 者 之れ 少きか.

おしえを しれる もの これ なければ ほけきょうを よむ もの これ なし.
教を 知れる 者 之れ 無ければ 法華経を 読む 者 之れ 無し.

ほけきょうを よむもの これ なければ こくしと なる もの なきなり.
法華経を 読む 者 之れ 無ければ 国師と なる 者 無きなり.

こくしと なるもの なければ くにじゅうの しょにん いっさいきょうの だい しょう ごん じつ けん みつ の さべつに まようて. 
国師と なる 者 無ければ 国中の 諸人 一切経の 大 小 権 実 顕 密の 差別に 迷うて.

ひとりに おいても しょうじを はなるる もの これなく.
一人に 於ても 生死を 離るる 者 之れ 無く.

けっくは ほうぼうの ものと なり ほうに よって あびじごくに だする ものは だいちの みじん よりも おおく.  
結句は 謗法の 者と 成り 法に 依つて 阿鼻地獄に 堕する 者は 大地の 微塵 よりも 多く.

ほうに よって しょうじを はなるる ものは そうじょうの つちよりも すくなし. 
法に 依つて 生死を 離るる 者は 爪上の 土よりも 少し.

おそるべし おそるべし. 
恐る可し 恐る可し.

にほんこくの いっさいしゅじょうは かんむこうていより このかた 4ひゃくよねん いっこうに ほけきょうの きなり.
日本国の 一切衆生は 桓武皇帝より 已来 四百余年 一向に 法華経の 機なり.

れいせば りょうぜん 8かねんの じゅんえんの き たるが ごとし.
例せば 霊山 八箇年の 純円の 機 為るが 如し.

てんだいだいし しょうとくたいし がんじんわしょう こんぽんだいし あんねんわしょう えしん とうの しるしに これ あり.
天台大師 聖徳太子 鑒真和尚 根本大師 安然和尚 慧心 等の 記に 之 有り.

これ きを しれるなり.
是れ 機を 知れるなり.

しかるに とうせの がくしゃの いわく にほんこくは いっこうに しょうみょう ねんぶつの きなり とうと うんぬん.
而るに 当世の 学者の 云く 日本国は 一向に 称名念仏の 機なり 等と 云云.

れいせば しゃりほつの きに まようて しょけの しゅうを いっせんだいと なせしが ごとし.
例せば 舎利弗の 機に 迷うて 所化の 衆を 一闡提と 成せしが 如し.

にほんこくの とうせは にょらいの めつご 2せん2ひゃく いちじゅうよねん ご 500さいに あたって. 
日本国の 当世は 如来の 滅後 二千二百一十余年 後 五百歳に 当つて.

みょうほうれんげきょう こうせんるふの じこくなり これ ときを しれる なり.
妙法蓮華経 広宣流布の 時刻なり これ 時を 知れる なり.

しかるに にほんこくの とうせの がくしゃ あるいは ほけきょうを なげうちて いっこうに しょうみょうねんぶつを げんじ.  
而るに 日本国の 当世の 学者 或は 法華経を 抛ちて 一向に 称名念仏を 行じ.

あるいは しょうじょうの かいりつを おしえて えいざんの だいそうを あなずり.  
或は 小乗の 戒律を 教えて 叡山の 大僧を 蔑り.

あるいは きょうげを たてて ほっけの しょうほうを かろしむ.
或は 教外を 立てて 法華の 正法を 軽しむ.

これらは ときに まよえる ものか.
此等は 時に 迷える 者か.

れいせば しょういびくが きこんぼさつを ぼうじ.
例せば 勝意比丘が 喜根菩薩を 謗じ.

とくこうろんしが みろくぼさつを あなずりて あびの だいくを まねきしが ごとし.
徳光論師が 弥勒菩薩を 蔑りて 阿鼻の 大苦を 招きしが 如し.

にほんこくは いっこうに ほけきょうの くになり.
日本国は 一向に 法華経の 国なり.

れいせば しゃえいこくの いっこうに だいじょう なりしが ごとし. 
例せば 舎衛国の 一向に 大乗 なりしが 如し.

また てんじくには いっこうに しょうじょうの くに いっこうに だいじょうの くに だい しょう けんがくの くにも これ あり. 
又 天竺には 一向に 小乗の 国 一向に 大乗の 国 大 小 兼学の 国も 之 有り.

にほんこくは いっこう だいじょうの くになり だいじょうの なかにも ほけきょうの くに たる べきなり.
日本国は 一向 大乗の 国なり 大乗の 中にも 法華経の 国 為る 可きなり.

ゆがろん ちょうこうの き しょうとくたいし でんぎょうだいし あんねん とうの き これあり これ くにを しれる ものなり. 
瑜伽論 肇公の 記 聖徳太子 伝教大師 安然 等の 記 之 有り 是れ 国を 知れる 者なり.

441ページ1行目

しかるに とうせのがくしゃ にほんこくの しゅじょうに むかって いっこうに しょうじょうの かいりつを さずけ. 
而るに 当世の 学者 日本国の 衆生に 向つて 一向に 小乗の 戒律を 授け. 

いっこうに ねんぶつしゃ とうと なすは. 
一向に 念仏者 等と 成すは.

たとえば ほうきに えじきを いれたるが ごとし とう うんぬん. 
譬えば 宝器に 穢食を 入れたるが 如し 等 云云.

ほうきの たとえ でんぎょうだいしの しゅご しょうに あり.
宝器の 譬 伝教大師の 守護 章に 在り.

にほんこくには きんめいてんのうの ぎょうに ぶっぽう くだらこくより わたり はじめしより かんむてんのうに いたるまで. 
日本国には 欽明天皇の 御宇に 仏法 百済国より 渡り 始めしより 桓武天皇に 至るまで.

2ひゃく40よねんの あいだ この くにに しょうじょう ごんだいじょう のみ ひろまり. 
二百四十余年の 間 此の 国に 小乗 権大乗 のみ 弘まり.

ほけきょう ありと いえども その ぎ いまだ あらわれず.
法華経 有りと 雖も 其の 義 未だ 顕れず.

れいせば しんたんこくに ほけきょう わたって 300よねんの あいだ. 
例せば 震旦国に 法華経 渡つて 三百余年の 間.

ほけきょう ありと いえども その ぎ いまだ あらわれ ざりしが ごとし.
法華経 有りと 雖も 其の 義 未だ 顕れ ざりしが 如し.

かんむてんのうの ぎょうに でんぎょうだいし いまして.
桓武天皇の 御宇に 伝教大師 有して.

しょうじょう ごんだいじょうの ぎを はして ほけきょうの じつぎを あらわせしより このかた また いぎなく じゅんいつに ほけきょうを しんず. 
小乗 権大乗の 義を 破して 法華経の 実義を 顕せしより 已来 又 異義 無く 純一に 法華経を 信ず.

たとい けごん はんにゃ じんみつ あごん だいしょうの 6しゅうを がくする ものも ほけきょうを もって しょせん となす.  
設い 華厳 般若 深密 阿含 大小の 六宗を 学する 者も 法華経を 以て 所詮と 為す.

いわんや てんだい しんごんの がくしゃをや いかに いわんや ざいけの むちの ものをや. 
況や 天台 真言の 学者をや 何に 況や 在家の 無智の 者をや.

れいせば こんろんざんに いし なく ほうらいざんに どく なきが ごとし. 
例せば 崑崙山に 石 無く 蓬莱山に 毒 無きが 如し.

けんにんより このかた いまに 50よねんの あいだ だいにち ぶっだ ぜんしゅうを ひろめ. 
建仁より 已来 今に 五十余年の 間 大日 仏陀 禅宗を 弘め. 

ほうねん りゅうかん じょうどしゅうを おこし じつだいじょうを はして ごんしゅうに つき いっさいきょうを すてて きょうがいを たつ. 
法然 隆寛 浄土宗を 興し 実大乗を 破して 権宗に 付き 一切経を 捨てて 教外を 立つ. 

たとえば たまを すてて いしを とり ちを はなれて そらに のぼるが ごとし. 
譬えば 珠を 捨てて 石を 取り 地を 離れて 空に 登るが 如し.

これは きょうほうるふの せんごを しらざる ものなり 
此は 教法流布の 先後を 知らざる 者なり

ほとけ いましめて いわく あくぞうに あうとも あくちしきに あわざれ とうと うんぬん.
仏 誡めて 云く 悪象に 値うとも 悪知識に 値わざれ 等と 云云. 

ほけきょうの かんじぼんに ごの 5ひゃくさい 2せんよねんに あたって ほけきょうの てきじん 3るい ある べしと しるし おき たまえり. 
法華経の 勧持品に 後の 五百歳 二千余年に 当つて 法華経の 敵人 三類 有る 可しと 記し 置き たまえり.

とうせは ご 5ひゃくさいに あたれり.
当世は 後 五百歳に 当れり. 

にちれん ぶつごの じっぴを かんがうるに 3るいの てきじん これあり これを かくさば ほけきょうの ぎょうじゃに あらず. 
日蓮 仏語の 実否を 勘うるに 三類の 敵人 之 有り 之を 隠さば 法華経の 行者に 非ず.

これを あらわさば しんみょう さだめて うしなわんか.
之を 顕さば 身命 定めて 喪わんか. 

ほけきょう だい4に いわく しかも この きょうは にょらいの げんざいにすら なお おんしつ おおし いわんや めつどの のちをや とうと うんぬん.
法華経 第四に 云く 而も 此の 経は 如来の 現在にすら 猶 怨嫉多し 況や 滅度の 後をや 等と 云云. 

おなじく だい5に いわく いっさい せけん あだ おおくして しんじ がたし と.  
同じく 第五に 云く 一切世間 怨 多くして 信じ 難し と. 

また いわく われ しんみょうを あいせず ただ むじょうどうを おしむ と. 
又 云く 我身命を 愛せず 但 無上道を 惜む と. 

どう だい6に いわく みずから しんみょうを おしまず と うんぬん. 
同 第六に 云く 自ら 身命を 惜まず と 云云. 

ねはんぎょう だい9に いわく. 
涅槃経 第九に 云く.

たとえば おうしの よく だんろんし ほうべんに たくみなる いのちを たこくに うけ むしろ しんみょうを うしなうとも. 
譬えば 王使の 善能 談論し 方便に 巧みなる 命を 他国に 奉け 寧ろ 身命を 喪うとも.

ついに おうの しょせつの げんきょうを かくさざるが ごとし. 
終に 王の 所説の 言教を 匿さざるが 如し. 

ちしゃも また しかなり. 
智者も 亦 爾なり.

ぼんぷの なかに おいて しんみょうを おしまずして かならず だいじょう ほうとうを せんぜつ すべし と うんぬん. 
凡夫の 中に 於て 身命を 惜まずして 要必 大乗 方等を 宣説 すべし と 云云. 

しょうあんだいし しゃくして いわく.
章安大師 釈して 云く.

にょう そうしん みょうふのくきょう とは みはかるく ほうは おもし みを ころして ほうを ひろめよ とうと うんぬん. 
寧 喪身 命不匿教 とは 身は 軽く 法は 重し 身を 死して 法を 弘めよ 等と 云云.

これらの ほんぶんを みれば 3るいの てきじんを あらわさずんば ほけきょうの ぎょうじゃに あらず. 
此等の 本文を 見れば 三類の 敵人を 顕さずんば 法華経の 行者に 非ず.

これを あらわすは ほけきょうの ぎょうじゃなり.
之を 顕すは 法華経の 行者なり.

しかれども かならず しんみょうを うしなわんか.
而れども 必ず 身命を 喪わんか.

れいせば ししそんじゃ だいばぼさつ とうの ごとく ならん うんぬん.
例せば 師子尊者 提婆菩薩 等の 如く ならん 云云.

2がつ とうか にちれん かおう.
二月 十日 日蓮 花押.

◎きょうきじこくしょう ひらがな漢字交互文 終了

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# by hiraganagosho | 2013-07-19 20:36 | きょうきじこく抄
 ※まだひらがな訳を含め未完成です。 

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# by hiraganagosho | 2013-07-19 15:44 | 四恩抄

四恩抄 感想文1

◇これは、四恩抄の個人的感想文です。

今回、四恩抄のひらがな訳を作成しましたが、長らく探していたごもんを発見することができ、私としては大いに歓喜いたしました。
それは「ろう ぎ をも ころさざれども」(936頁)のいっくです。
ろうとは 虫のオケラ、ぎ とは 蟻です。
だいしょうにんは道を歩くときに、蟻の一匹すら踏まないようにご注意されていたのです。
最初、このごもんを拝したとき、私はとても驚きました。
日蓮だいしょうにんの仏道修行の偉大さに心を打たれたのです。
今回、このいっくに再び巡り合えたことは、ひらがな御書制作の功徳と思っています。
さて、今回は、四恩抄の前半部に関する、私の個人所感を申し上げます。
だいしょうにんは、32歳で立宗宣言をされたとき、完璧な人格者、完成された仏としての境涯をお持ちであられたに違いないと私は考えていました。
しかし、この四恩抄を拝すると、実は難を受けられながら、だいしょうにんの信心が深まり、境涯が開かれていった経緯が語られているのです。
この四恩抄には、次の注目すべき内容が書かれています。
-------------------------
「法華経に いわく 如来の現在にすら 猶 おんしつ おおし いわんや めつどの のちをやと云云 はじめに 此のもんを み候いし時は さしもやと思いそうらいしに 今こそ仏のみことばは たがわはざりけるものかなと 殊に 身にあたって 思い知れてそうろう」 
「此の 身に がくもん つかまつりし 事 ようやく 二十四 五年に まかり なるなり 法華経を 殊に 信じ まいらせ そうらいし事は わづかに 此の 六 七年より このかたなり」(936頁)
-------------------------
すなわち、「法華経に書かれていることが本当かどうかと思っていたが、法華経の書かれている通りの体験をして思い知らされた」、また、出家して24年、あるいは25年になるけれども、「特別に法華経を信じ 行じたのはこのわずか6、7年でしかない」と述べられているのです。
これは、国家諌暁を決意され、やがて立正あんこく論を提出されて難を受けられた約7年を回想され語られているものです。
難は初期の7年間で、早くも壮絶なものとなりました。
千人とも思える人たちが命を奪おうと押し寄せ、結果、松ばがやつのそうあんを焼かれました。そして伊豆流罪になりました。
流罪先では毒きのこを与えられ、命を落としていたかも知れない状況だったと今に伝えられています。その局面をふなもり弥三郎に助けられるのです。
ふなもり弥三郎のごしょの解説は、→ここをクリック!
だいしょうにんは、本抄の中で、要約すれば「他の僧侶は魚や鳥を食べているが、私は鳥も魚も食べず、妻ももたず、ケラも蟻も殺さぬようにしているが、南無妙法蓮華経の信心を徹底して実践したことで、悪名が天下にとどろいた。これは釈尊のご金言の通りである。ゆえに これ以上の喜びはない」と述べられています。
そのご決意、その徹底した仏道修行、さらに受難の大きさと大聖人の境涯の偉大さに身の引き締まる思いがします。
四恩抄は、佐渡流罪中のだいしょうにんのお気持ちが味わえる素晴らしい御書です。
今後も、さらに深く読み続けたい御書です。
四恩抄のひらがな訳は、→ここをクリック!

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# by hiraganagosho | 2013-07-01 06:41 | ひらがなニュース

四恩抄 (ひらがな文)

○しおんしょう

こうちょう 2ねん しょうがつ 16にち 41さい おんさく. 
あたう くどう さこんのじょう よしたか いず いとうに おいて 

そもそも この るざいの みに なりて そうろうに つけて 2つの だいじあり 
1には だいなる よろこびあり そのゆえは この せかいをば しゃばと なづく 
しゃばと もうすは にんと もうす ことなり ゆえに ほとけをば のうにんと なづけ たてまつる 
この しゃば せかいの うちに ひゃくおくの しゅみせん ひゃくおくの にちげつ ひゃくおくの ししゅう あり 
そのなかの ちゅうおうの しゅみせん にちげつ ししゅうに ほとけは よに いでまします 

この にほんこくは その ほとけの よに いでまします くによりは うしとらの すみに あたりたる こじまなり 
この しゃば せかいより ほかの じゅっぽうの こくどは みな じょうどにて そうらえば 
ひとの こころも やわらかに けんせいを のり にくむ ことも そうらわず 
この こくどは じゅっぽうの じょうどに すて はてられて そうろう 
10あく 5ぎゃく ひぼうけんせい ふこうふぼ ふきょうしゃもんとうの とがの しゅじょうが 3あくどうに おちて むりょうこうを へて 
かえって この せかいに うまれて そうろうが 
せんしょうの あくごうの しゅうけ うしなわせずして ややもすれば 10あく 5ぎゃくを つくり けんせいを のり 
ふぼに こうせず しゃもんをも うやまわず そうろうなり 
ゆえに しゃかにょらい よに いで ましませ しかば 
あるいは どくやくを しょくに まじえて たてまつり 
あるいは とうじょう あくぞう  しし あくぎゅう あっく とうの てだてを もって がいし たてまつらんとし 
あるいは にょにんを おかすといい あるいは ひせんのもの あるいは せっしょうのものと いい 
あるいは いきあい たてまつる ときは おもてを おおて めに み たてまつらじとし 
あるいは とを とじ まどを ふさぎ あるいは こくおう だいじんの しょにんに むかっては じゃけんの ものなり 
たかきひとを のるもの なんど もうせしなり 
だいしっきょう ねはんぎょう とうに みえたり 

させる とがも ほとけには おわしまさざり しかども ただ この くにの くせ かたわとして あくごうの しゅじょうが うまれ あつまりて そうろう うえ 
だいろくてんの まおうが この くにの しゅじょうを たの じょうどへ いださじと たばかりを なして かくことに ふれて ひがめる ことを なすなり 
この たばかりも せんずる ところは ほとけに ほけきょうを とかせ まいらせじ とがと みえて そうろう 
その ゆえは まおうの ならいとして 3あくどうの ごうを つくる ものをば よろこび 3ぜんどうの ごうを つくる ものをば なげく 
また 3ぜんどうの ごうを つくる ものをば いたう なげかず 3じょうと ならんとする ものをば いたう なげく 
また 3じょうと なる ものをば いたう なげかず 
ほとけとなる ごうを なす ものをば あながちに なげき ことに ふれて さわりを なす 
 
ほけきょうは 1もん いっく なれども みみに ふるる ものは すでに ほとけに なるべきと おもいて 
いたう だい6てんの まおうも なげき おもう ゆえに てだてを まわして るなんをなし 
きょうを しんずる こころを すて しめんと たばかる 
しかるに ほとけの ざいせの ときは じょくせ なりと いえども ごじょくの はじめ たりしうえ 
ほとけの おんちからをも おそれ ひとの とん じん ち じゃけんも ごうじょう ならざりし とき だにも 
ちくじょう げどうは じんつう だい1の もくれんそんじゃを ころし 
あじゃせおうは あくぞうを はなって 3がいの どくそんを おどし たてまつり 
だいばだったは しょうかの あらかん れんげびくにを がいし 
くぎゃりそんじゃは ちえ だい1の しゃりほつに あくめいを たてき 
いかに いわんや よ ようやく 5じょくの さかりに なりて そうろうをや 
いわんや よ まつだいに いりて ほけきょうを かりそめにも しんぜん ものの ひとに そねみ ねたまれん ことは おびただし かるべきか 
ゆえに ほけきょうに いわく にょらいの げんざいにすら なお おんしつ おおし いわんや めつどの のちをやと うんぬん 

はじめに このもんを み そうらいし ときは さしもやと おもい そうらいしに 
いまこそ ほとけの みことばは たがわざりける ものかなと ことに みに あたって おもい しれて そうらえ 

にちれんは みに かいぎょう なく こころに 3どくを はなれざれども 
この おきょうを もしや われも しんを とり ひとにも えんを むすばしむるかと おもうて 
ずいぶん せけんのこと おだやか ならんと おもいき よ すえに なりて そうらえば 
さいしを たいして そうろう びくも ひとの きえ をうけ ぎょちょうを ふくする そうも さてこそ そうろうか 
にちれんは させる さいしをも たいせず ぎょちょうをも ふくせず ただ ほけきょうを ひろめんとする
とがに よりて さいしを たいせずして ばんそうの な しかいに みち ろう ぎをも ころさざれども あくみょう いってんに はびこれり 
おそらくは ざいせに しゃくそんを もろもろの げどうが そしり たてまつりしに にたり 
これ ひとえに ほけきょうを しんずる ことの よにん よりも すくなし きょうもんの ごとく しんをも むけたる ゆえに 
あっき その みに いって そねみを なすかと おぼえ そうらえば 
これほどの ひせん むち むかいの ものの 2せん よねん いぜんに とかれて そうろう 
ほけきょうの もんに のせられて るなんに あうべしと ほとけ しるし おかれ まいらせて そうろう ことの うれしさ もうし つくしがたく そうろう 

このみに がくもん つかまつりし こと ようやく 24 5ねんに まかり なるなり 
ほけきょうを ことに しんじ まいらせ そうらいし ことは わずかに この6 7ねんより このかたなり 
また しんじて そうらい しかども けたいの みたる うえ 
あるいは がくもんと いい あるいは せけんの ことに さえられて 1にちに わずかに 1かん 1ぽん だいもく ばかりなり 
こぞの さつき 12にちより ことし むつき 16にちに いたるまで 
200 40よにちの ほどは ちゅうや 12じに ほけきょうを しゅぎょうし たてまつると ぞんじ そうろう 
そのゆえは ほけきょうの ゆえに かかる みと なりて そうらえば 
ぎょうじゅうざがに ほけきょうを よみ ぎょうずるにて こそ そうらえ 
にんげんに せいを うけて これほどの よろこびは なにごとか そうろうべき 

ぼんぷの ならい われと はげみて ぼだいしんを おこして ごしょうを ねがうと いえども 
みずから おもいだし 12じの あいだに 1じ 2じこそは はげみ そうらえ 
これは おもいださぬ にも おんきょうを よみ よまざるにも ほけきょうを ぎょうずるにて そうろうか 
むりょうこうの あいだ 6どう 4せいを りんねし そうらいけるには あるいは むはんを おこし 
ごうとう ようち とうの つみにて こそ こくしゅより きんをも こうむり るざい しざいにも おこなわれ そうらめ 
これは ほけきょうを ひろむるかと おもう こころの ごうじょう なりしに 
よって あくごうの しゅじょうに ざんげん せられて かかる みに なりて そうらえば さだめて ごしょうの つとめには なりなんと おぼえ そうろう 
これほどの こころ ならぬ ちゅうや 12じの ほけきょうの じきょうしゃは まつだいには ありがたく こそ そうらめ 
また やむことなく めでたきこと はべり 
むりょうこうの あいだ 6どうに めぐり そうろうけるには おおくの こくしゅに うまれ あい たてまつりて  あるいは ちょうあいの だいじん かんぱく とうとも なり そうろうけん 
もし しからば くにを たてまつり ざいほう かんろくの おんを こうむりけるか 
ほけきょう るふの こくしゅに あい たまわり その くににて ほけきょうの おんなを きいて しゅぎょうし 
これを ぎょうじて ざんげんを こうむり るざいに おこなわれ まいらせて そうろう こくしゅには いまだ あい まいらせ そうらわぬか  

ほけきょうに いわく この ほけきょうは むりょうの くにじゅうに おいて ないし みょうじをも きくことを えべからず 
いかに いわんや みることを えて じゅじし どくじゅせん をや と うんぬん 
されば この ざんげんの ひと こくしゅこそ わが みには おん ふかき ひとには おわしまし そうらめ 
ぶっぽうを ならう みには かならず 4おんを ほうずべきに そうろうか 
4おんとは しんちかんきょうに いわく 1には いっさいしゅじょうの おん いっさいしゅじょう なくば しゅじょうむへんせいがんどの ねがいを おこしがたし 
また あくにん なくして ぼさつに るなんを なさずば いかでか くどくをば ぞうちょうせしめ そうろうべき 

2には ふぼの おん 6どうに せいを うくるに かならず ふぼあり 
そのなかに あるいは せっとう あくりつぎ ほうぼうの いえに うまれ ぬれば われと その とがを おかさざれども その ごうを じょうじゅす 
しかるに こんじょうの ふぼは われを うみて ほけきょうを しんずる みと なせり 
ぼんてん たいしゃく 4だいてんのう てんりんじょうおうの いえに うまれて 3がい 4てんを ゆずられて にんてん 4しゅうに くぎょうせられん よりも 
おん おもきは いまの それが ふぼ なるか 
3には こくおうの おん てんの 3こうに みを あたため ちの 5こくに たましいを やしなうこと みな これ こくおうの おんなり 
そのうえ こんど ほけきょうを しんじ こんど しょうじを はなるべき こくしゅに あい たてまつり 

いかでか しょうぶんの あだに よって おろかに おもい たてまつる べきや 
4には 3ぽうの おん しゃかにょらい むりょうこうの あいだ ぼさつの ぎょうを たて たまいし とき 
いっさいの ふくとくを あつめて 64ぶと なして くどくを みにえ たまえり 
その 1ぶんをば わが みに もちい たもう 
いま 63ぶをば この せかいに とどめ おきて 5じょく ぞうらんの とき 
ひほうの さかり ならん とき ほうぼうの もの くにに じゅうまんせん とき 
むりょうの しゅごの ぜんじんも ほうみを なめずして 
いこう せいりょく げんぜん とき にちがつ ひかりを うしない てんりゅう あめを くださず ちじん じみを げんぜん とき 
そうもく こんきょう しよう けか やくとうの 7みも うしなわせん とき 10ぜんの こくおうも どん じん ちを まし 
ふぼ 6しんに こうせず したしからざん とき 
わがでし むち むかいにして かみ ばかりを そりて しゅごしんにも すてられて かつみょうの はかりごと なからん 
びく びくにの いのちの ささえと せんと ちかい たまえり 

また かちの 3ぶんの くどく 2ぶんをば わが みに もちい たまい ほとけの じゅみょう 120まで よに まします べかりしが 
80にして にゅうめつし のこる ところの 40ねんの じゅみょうを とどめおきて われらに あたえ たもう おんをば 
4だいかいの みずを すずりの みずとし いっさいの そうもくを やいて すみと なして いっさいの けだものの けを ふでとし 
じゅっぽう せかいの だいちを かみと さだめて しるし おくとも 
いかでか ほとけの おんを ほうじ たてまつるべき 
ほうの おんを もうさば ほうは しょぶつの しなり しょぶつの たっとき ことは ほうに よる 
されば ぶつおんを ほうぜんと おもわん ひとは ほうの おんを ほうずべし 

つぎに そうの おんを いわば ぶっぽう ほうぽうは かならず そうに よりて じゅうす 
たとえば たきぎ なければ ひ なく だいち なければ そうもく しょうず べからず  
ぶっぽう ありと いえども そう ありて ならい つたえ ずんば しょうほう ぞうほう 2000ねん すぎて まっぽうへも つたわる べからず 
ゆえに だいしっきょうに いわく 5かの 5ひゃくさいの のちに 
むち むかいなる しゃもんを とがありと いって これを なやますは 
このひと ぶっぽうの だいとうみょうを めっせんと おもえと とかれたり 
しかれば そうの おんを ほうじ がたし 
されば 3ぽうの おんを ほうじ たまうべし 

いにしえの しょうにんは せっせんどうじ じょうたいぼさつ やくおうだいし ふみょうおう とう 
これらは みな わがみを おにの うち かいと なし みの けつずいを うり ひじを たき こうべを すて たまいき 
しかるに まつだいの ぼんぷ 3ぽうの おんを こうむりて 3ぽうの おんを ほうぜず 
いかに してか ぶつどうを じょうぜん 
しかるに しんちかんきょう ぼんみょうきょう とうには ぶっぽうを がくし 
えんとんの かいを うけん ひとは かならず 4おんを ほうずべしと みえたり 
それがしは ぐちの ぼんぷ ちにくの みなり 3わく 1ぶんも だんぜず 
ただ ほけきょうの ゆえに めり きぼう せられて とうじょうを くわえられ るざい せられたるを もって 
だいせいの ひじを やき ずいを くだき こうべを はねられたるに なぞらへんと おもう 
これ ひとつの よろこびなり 

だい2に だいなる なげきと もうすは ほけきょう だい4に いわく 
もし あくにん あって ふぜんの こころを もって いっこうの なかに おいて げんに ぶつぜんに おいて つねに ほとけを きばせん そのつみ なお かるし 
もし ひと ひとつの あくげんを もって ざいけ しゅっけの ほけきょうを どくじゅする ものを きしせん その つみ はなはだ おもし とうと うんぬん 

これらの きょうもんを みるに しんじんを おこし みより あせを ながし りょうめより なみだを ながすこと あめの ごとし 
われ ひとり この くにに うまれて おおくの ひとをして いっしょうの ごうを つくらしむることを なげく 
かの ふぎょうぼさつを ちょうちゃくせし ひと げんしんに かいげの こころを おこせし だにも なお つみ きえがたくして せんごう あびじごくに おちぬ 
いま われに あだを むすべる やからは いまだ 1ぶんも くゆる こころも おこさず 

これ ていの ひとの うくる ごうほうを だいしっきょうに といて いわく 
もし ひと あって せんおくまんの ほとけの ところにして ぶっしんより ちを いださん 
こころに おいて いかん このひとの つみを うる こと むしろ おおしと せんや いなや 
だいぼんのう いわさく もし ひと ただ 1ぶつの みより ちを いださん むげんの つみ おおし 
むりょうにして かぞえを おきても かずを しらず あび だいじごくの なかに おちん  
いかに いわんや まんおくの ぶっしんより ちを いださん ものを みんをや 
ついに よく ひろく かの ひとの ざいごう かほうを とくこと あること なからん 
ただし にょらいをば のぞき たてまつる 

ほとけの いわく 
だいぼんてんおう もし わがために かみを そり けさを かけ かたときも きんかいを うけず けっぱんを うけん ものを なやまし のり つえを もって うちなんどする こと あらば 
つみを うること かれよりは おおし と 

こうちょう 2ねん みずのえいぬ しょうがつ 16にち にちれん かおう 
くどう さこんのじょう どの 

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# by hiraganagosho | 2013-06-27 06:26 | 四恩抄
◎四恩抄 ひらがな漢字交互文1
(ごしょ935ページ1行目から939ページ14行目まで)

こうちょう 2ねん しょうがつ 16にち 41さい おんさく. 
弘長 二年 正月 十六日 四十一歳 御作. 

あたう くどう さこんのじょう よしたか いず いとうに おいて. 
与 工藤 左近尉 吉隆 於 伊豆 伊東. 

そもそも この るざいの みに なりて そうろうに つけて 2つの だいじあり. 
抑 此の 流罪の 身に なりて 候に つけて 二つの 大事あり. 

1には だいなる よろこびあり そのゆえは この せかいをば しゃばと なづく. 
一には 大なる 悦びあり 其の 故は 此の 世界をば 娑婆と 名く. 

しゃばと もうすは にんと もうす ことなり ゆえに ほとけをば のうにんと なづけ たてまつる. 
娑婆と 申すは 忍と 申す 事なり 故に 仏をば 能忍と 名け たてまつる. 

この しゃば せかいの うちに ひゃくおくの しゅみせん ひゃくおくの にちげつ ひゃくおくの ししゅう あり. 
此の 娑婆 世界の 内に 百億の 須弥山 百億の 日月 百億の 四州 あり. 

そのなかの ちゅうおうの しゅみせん にちげつ ししゅうに ほとけは よに いでまします. 
其の 中の 中央の 須弥山 日月 四州に 仏は 世に 出でまします. 

この にほんこくは その ほとけの よに いでまします くによりは うしとらの すみに あたりたる こじまなり. 
此の 日本国は 其の 仏の 世に 出でまします 国よりは 丑寅の 角に あたりたる 小島なり. 

この しゃば せかいより ほかの じゅっぽうの こくどは みな じょうどにて そうらえば. 
此の 娑婆 世界より 外の 十方の 国土は 皆 浄土にて 候へば. 

ひとの こころも やわらかに けんせいを のり にくむ ことも そうらわず. 
人の 心も やはらかに 賢聖を のり 悪む 事も 候はず. 

この こくどは じゅっぽうの じょうどに すて はてられて そうろう. 
此の 国土は 十方の 浄土に すて はてられて 候. 

10あく 5ぎゃく ひぼうけんせい ふこうふぼ ふきょうしゃもんとうの とがの しゅじょうが 3あくどうに おちて むりょうこうを へて. 
十悪 五逆 誹謗賢聖 不孝父母 不敬沙門等の 科の 衆生が 三悪道に 堕ちて 無量劫を経て. 

かえって この せかいに うまれて そうろうが. 
還つて 此の 世界に 生れて 候が. 

せんしょうの あくごうの しゅうけ うしなわせずして ややもすれば 10あく 5ぎゃくを つくり けんせいを のり. 
先生の 悪業の 習気 失せずして ややもすれば 十悪 五逆を 作り 賢聖を のり. 

ふぼに こうせず しゃもんをも うやまわず そうろうなり. 
父母に 孝せず 沙門をも 敬はず 候なり. 

ゆえに しゃかにょらい よに いで ましませ しかば. 
故に 釈迦如来 世に 出で ましませ しかば. 

あるいは どくやくを しょくに まじえて たてまつり. 
或は 毒薬を食に 雑て 奉り. 

あるいは とうじょう あくぞう  しし あくぎゅう あっく とうの てだてを もって がいし たてまつらんとし. 
或は 刀杖 悪象 師子 悪牛 悪狗 等の 方便を 以て 害し 奉らんとし. 

あるいは にょにんを おかすといい あるいは ひせんのもの あるいは せっしょうのものと いい. 
或は 女人を 犯すと 云い 或は 卑賤の者 或は 殺生の者と 云い. 

あるいは いきあい たてまつる ときは おもてを おおて めに み たてまつらじとし. 
或は 行き合い 奉る 時は 面を 覆うて 眼に 見 奉らじとし. 

あるいは とを とじ まどを ふさぎ あるいは こくおう だいじんの しょにんに むかっては じゃけんの ものなり. 
或は 戸を 閉じ 窓を 塞ぎ 或は 国王 大臣の 諸人に 向つては 邪見の 者なり. 

たかきひとを のるもの なんど もうせしなり. 
高き人を 罵者 なんど 申せしなり. 

だいしっきょう ねはんぎょう とうに みえたり. 
大集経 涅槃経 等に 見えたり. 

させる とがも ほとけには おわしまさざり しかども ただ この くにの くせ かたわとして あくごうの しゅじょうが うまれ あつまりて そうろう うえ. 
させる 失も 仏には おはしまさざり しかども 只 此の 国の くせ かたわとして 悪業の 衆生が 生れ 集りて 候 上. 

だいろくてんの まおうが この くにの しゅじょうを たの じょうどへ いださじと たばかりを なして かくことに ふれて ひがめる ことを なすなり. 
第六天の 魔王が 此の 国の 衆生を 他の 浄土へ 出さじと たばかりを 成して かく事に ふれて ひがめる 事を なすなり. 

この たばかりも せんずる ところは ほとけに ほけきょうを とかせ まいらせじ とがと みえて そうろう. 
此の たばかりも 詮する 所は 仏に 法華経を 説かせ まいらせじ 料と 見えて 候. 

その ゆえは まおうの ならいとして 3あくどうの ごうを つくる ものをば よろこび 3ぜんどうの ごうを つくる ものをば なげく. 
其の 故は 魔王の 習として 三悪道の 業を 作る 者をば 悦び 三善道の 業を 作る 者をば なげく. 
また 3ぜんどうの ごうを つくる ものをば いたう なげかず 3じょうと ならんとする ものをば いたう なげく. 
又 三善道の 業を 作る 者をば いたう なげかず 三乗と ならんとする 者をば いたう なげく. 

また 3じょうと なる ものをば いたう なげかず. 
又 三乗と なる 者をば いたう なげかず. 

ほとけとなる ごうを なす ものをば あながちに なげき ことに ふれて さわりを なす. 
仏となる 業を なす 者をば 強きに なげき 事に ふれて 障を なす. 

936ページ1行目
 
ほけきょうは 1もん いっく なれども みみに ふるる ものは すでに ほとけに なるべきと おもいて. 
法華経は 一文 一句 なれども 耳に ふるる 者は 既に 仏に なるべきと 思ひて. 

いたう だい6てんの まおうも なげき おもう ゆえに てだてを まわして るなんをなし. 
いたう 第六天の 魔王も なげき 思う 故に 方便を まはして 留難をなし. 

きょうを しんずる こころを すて しめんと たばかる. 
経を 信ずる 心を すて しめんと たばかる. 

しかるに ほとけの ざいせの ときは じょくせ なりと いえども ごじょくの はじめ たりしうえ. 
而るに 仏の 在世の 時は 濁世 なりと いへども 五濁の 始 たりし上. 

ほとけの おんちからをも おそれ ひとの とん じん ち じゃけんも ごうじょう ならざりし とき だにも. 
仏の 御力をも 恐れ 人の 貪 瞋 癡 邪見も 強盛 ならざりし 時 だにも. 

ちくじょう げどうは じんつう だい1の もくれんそんじゃを ころし. 
竹杖 外道は 神通 第一の 目連尊者を 殺し. 

あじゃせおうは あくぞうを はなって 3がいの どくそんを おどし たてまつり. 
阿闍世王は 悪象を 放て 三界の 独尊を をどし 奉り. 

だいばだったは しょうかの あらかん れんげびくにを がいし. 
提婆達多は 証果の 阿羅漢 蓮華比丘尼を 害し. 

くぎゃりそんじゃは ちえ だい1の しゃりほつに あくめいを たてき. 
瞿伽利尊者は 智慧 第一の 舎利弗に 悪名を 立てき. 

いかに いわんや よ ようやく 5じょくの さかりに なりて そうろうをや. 
何に 況や 世 漸く 五濁の 盛に なりて 候をや. 

いわんや よ まつだいに いりて ほけきょうを かりそめにも しんぜん ものの ひとに そねみ ねたまれん ことは おびただし かるべきか. 
況や 世 末代に 入りて 法華経を かりそめにも 信ぜん 者の 人に そねみ ねたまれん 事は おびただし かるべきか. 

ゆえに ほけきょうに いわく にょらいの げんざいにすら なお おんしつ おおし いわんや めつどの のちをやと うんぬん. 
故に 法華経に 云く 如来の 現在にすら 猶 怨嫉 多し 況や 滅度の 後をやと 云云. 

はじめに このもんを み そうらいし ときは さしもやと おもい そうらいしに 
始に 此の 文を 見 候いし 時は さしもやと 思い 候いしに. 

いまこそ ほとけの みことばは たがわざりける ものかなと ことに みに あたって おもい しれて そうらえ. 
今こそ 仏の 御言は 違はざりける ものかなと 殊に 身に 当つて 思ひ 知れて 候へ. 

にちれんは みに かいぎょう なく こころに 3どくを はなれざれども. 
日蓮は 身に 戒行 なく 心に 三毒を 離れざれども. 

この おきょうを もしや われも しんを とり ひとにも えんを むすばしむるかと おもうて. 
此の 御経を 若しや 我も 信を 取り 人にも 縁を 結ばしむるかと 思うて. 

ずいぶん せけんのこと おだやか ならんと おもいき よ すえに なりて そうらえば. 
随分 世間の 事 おだやか ならんと 思いき 世 末に なりて 候へば. 

さいしを たいして そうろう びくも ひとの きえ をうけ ぎょちょうを ふくする そうも さてこそ そうろうか. 
妻子を 帯して 候 比丘も 人の 帰依を うけ 魚鳥を 服する 僧も さてこそ 候か. 

にちれんは させる さいしをも たいせず ぎょちょうをも ふくせず ただ ほけきょうを ひろめんとする. 
日蓮は させる 妻子をも 帯せず 魚鳥をも 服せず 只 法華経を 弘めんとする. 

とがに よりて さいしを たいせずして ばんそうの な しかいに みち ろう ぎをも ころさざれども あくみょう いってんに はびこれり. 
失に よりて 妻子を 帯せずして 犯僧の 名 四海に 満ち 螻 蟻をも 殺さざれども 悪名 一天に 弥れり. 

おそらくは ざいせに しゃくそんを もろもろの げどうが そしり たてまつりしに にたり. 
恐くは 在世に 釈尊を 諸の 外道が 毀り 奉りしに 似たり. 

これ ひとえに ほけきょうを しんずる ことの よにん よりも すくなし きょうもんの ごとく しんをも むけたる ゆえに. 
是れ 偏に 法華経を 信ずる ことの 余人 よりも 少し 経文の 如く 信をも むけたる 故に. 
 
あっき その みに いって そねみを なすかと おぼえ そうらえば. 
悪鬼 其の 身に 入つて そねみを なすかと をぼえ 候へば. 

これほどの ひせん むち むかいの ものの 2せん よねん いぜんに とかれて そうろう. 
是れ 程の 卑賤 無智 無戒の 者の 二千 余年 已前に 説かれて 候. 

ほけきょうの もんに のせられて るなんに あうべしと ほとけ しるし おかれ まいらせて そうろう ことの うれしさ もうし つくしがたく そうろう. 
法華経の 文に のせられて 留難に 値うべしと 仏 記し をかれ まいらせて 候 事の うれしさ 申し 尽くし 難く 候. 

このみに がくもん つかまつりし こと ようやく 24 5ねんに まかり なるなり. 
此の 身に 学文 つかまつりし 事 やうやく 二十四 五年に まかり なるなり. 

ほけきょうを ことに しんじ まいらせ そうらいし ことは わずかに この6 7ねんより このかたなり. 
法華経を 殊に 信じ まいらせ 候いし 事は わづかに 此の 六 七年より このかたなり. 

また しんじて そうらい しかども けたいの みたる うえ. 
又 信じて 候い しかども 懈怠の 身たる 上. 

あるいは がくもんと いい あるいは せけんの ことに さえられて 1にちに わずかに 1かん 1ぽん だいもく ばかりなり. 
或は 学文と 云ひ 或は 世間の 事に さえられて 一日に わづかに 一巻 一品 題目 計なり. 

こぞの さつき 12にちより ことし むつき 16にちに いたるまで. 
去年の 五月 十二日より 今年 正月 十六日に 至るまで. 

200 40よにちの ほどは ちゅうや 12じに ほけきょうを しゅぎょうし たてまつると ぞんじ そうろう. 
二百 四十余日の 程は 昼夜 十二時に 法華経を 修行し 奉ると 存じ 候. 

937ページ1行目

そのゆえは ほけきょうの ゆえに かかる みと なりて そうらえば. 
其の 故は 法華経の 故に かかる 身と なりて 候へば. 

ぎょうじゅうざがに ほけきょうを よみ ぎょうずるにて こそ そうらえ. 
行住坐臥に 法華経を 読み 行ずるにて こそ 候へ. 

にんげんに せいを うけて これほどの よろこびは なにごとか そうろうべき. 
人間に 生を 受けて 是れ程の 悦びは 何事か 候べき. 

ぼんぷの ならい われと はげみて ぼだいしんを おこして ごしょうを ねがうと いえども. 
凡夫の 習い 我と はげみて 菩提心を 発して 後生を 願うと いへども. 

みずから おもいだし 12じの あいだに 1じ 2じこそは はげみ そうらえ. 
自ら 思ひ出し 十二時の 間に 一時 二時こそは はげみ 候へ. 

これは おもいださぬ にも おんきょうを よみ よまざるにも ほけきょうを ぎょうずるにて そうろうか. 
是は 思ひ出さぬ にも 御経を よみ 読まざるにも 法華経を 行ずるにて 候か. 

むりょうこうの あいだ 6どう 4せいを りんねし そうらいけるには あるいは むはんを おこし. 
無量劫の 間 六道 四生を 輪回し 候いけるには 或は 謀叛を おこし. 

ごうとう ようち とうの つみにて こそ こくしゅより きんをも こうむり るざい しざいにも おこなわれ そうらめ. 
強盗 夜打 等の 罪にて こそ 国主より 禁をも 蒙り 流罪 死罪にも 行はれ 候らめ. 

これは ほけきょうを ひろむるかと おもう こころの ごうじょう なりしに. 
是は 法華経を 弘むるかと 思う 心の 強盛 なりしに. 

よって あくごうの しゅじょうに ざんげん せられて かかる みに なりて そうらえば さだめて ごしょうの つとめには なりなんと おぼえ そうろう. 
依つて 悪業の 衆生に 讒言 せられて かかる 身に なりて 候へば 定て 後生の 勤には なりなんと 覚え 候. 

これほどの こころ ならぬ ちゅうや 12じの ほけきょうの じきょうしゃは まつだいには ありがたく こそ そうらめ. 
是れ程の 心 ならぬ 昼夜 十二時の 法華経の 持経者は 末代には 有がたく こそ 候らめ. 

また やむことなく めでたきこと はべり. 
又 止事なく めでたき 事 侍り. 

むりょうこうの あいだ 6どうに めぐり そうろうけるには おおくの こくしゅに うまれ あい たてまつりて  あるいは ちょうあいの だいじん かんぱく とうとも なり そうろうけん. 
無量劫の 間 六道に 回り 候けるには 多くの 国主に 生れ 値ひ 奉りて 或は 寵愛の 大臣 関白 等とも なり 候けん. 

もし しからば くにを たてまつり ざいほう かんろくの おんを こうむりけるか. 
若し 爾らば 国を 給り 財宝 官禄の 恩を 蒙けるか. 

ほけきょう るふの こくしゅに あい たまわり その くににて ほけきょうの おんなを きいて しゅぎょうし. 
法華経 流布の 国主に 値ひ 奉り 其の 国にて 法華経の 御名を 聞いて 修行し. 

これを ぎょうじて ざんげんを こうむり るざいに おこなわれ まいらせて そうろう こくしゅには いまだ あい まいらせ そうらわぬか. 
是を 行じて 讒言を 蒙り 流罪に 行われ まいらせて 候 国主には 未だ 値い まいらせ 候はぬか. 

ほけきょうに いわく この ほけきょうは むりょうの くにじゅうに おいて ないし みょうじをも きくことを えべからず. 
法華経に 云く 是の 法華経は 無量の 国中に 於て 乃至 名字をも 聞くことを 得べからず. 

いかに いわんや みることを えて じゅじし どくじゅせん をや と うんぬん. 
何に 況んや 見ることを 得て 受持し 読誦せん をや と 云云. 

されば この ざんげんの ひと こくしゅこそ わが みには おん ふかき ひとには おわしまし そうらめ. 
されば 此の 讒言の 人 国主こそ 我が 身には 恩 深き 人には をわしまし 候らめ. 

ぶっぽうを ならう みには かならず 4おんを ほうずべきに そうろうか. 
仏法を 習う 身には 必ず 四恩を 報ずべきに 候か. 

4おんとは しんちかんきょうに いわく 1には いっさいしゅじょうの おん いっさいしゅじょう なくば しゅじょうむへんせいがんどの ねがいを おこしがたし. 
四恩とは 心地観経に 云く 一には 一切衆生の 恩 一切衆生 なくば 衆生 無辺誓願度の 願を 発し 難し. 

また あくにん なくして ぼさつに るなんを なさずば いかでか くどくをば ぞうちょうせしめ そうろうべき. 
又 悪人 無くして 菩薩に 留難を なさずば いかでか 功徳をば 増長せしめ 候べき. 

2には ふぼの おん 6どうに せいを うくるに かならず ふぼあり. 
二には 父母の 恩 六道に 生を 受くるに 必ず 父母あり. 

そのなかに あるいは せっとう あくりつぎ ほうぼうの いえに うまれ ぬれば われと その とがを おかさざれども その ごうを じょうじゅす. 
其の中に 或は 殺盗 悪律儀 謗法の 家に 生れ ぬれば 我と 其の 科を 犯さざれども 其の 業を 成就す. 

しかるに こんじょうの ふぼは われを うみて ほけきょうを しんずる みと なせり. 
然るに 今生の 父母は 我を 生みて 法華経を 信ずる 身と なせり. 

ぼんてん たいしゃく 4だいてんのう てんりんじょうおうの いえに うまれて 3がい 4てんを ゆずられて にんてん 4しゅうに くぎょうせられん よりも. 
梵天 帝釈 四大天王 転輪聖王の 家に 生まれて 三界 四天を ゆづられて 人天 四衆に 恭敬せられん よりも. 

おん おもきは いまの それが ふぼ なるか. 
恩 重きは 今の 某が 父母 なるか. 

3には こくおうの おん てんの 3こうに みを あたため ちの 5こくに たましいを やしなうこと みな これ こくおうの おんなり. 
三には 国王の 恩 天の 三光に 身を あたため 地の 五穀に 神を 養ふこと 皆 是れ 国王の 恩なり. 

そのうえ こんど ほけきょうを しんじ こんど しょうじを はなるべき こくしゅに あい たてまつり. 
其の上 今度 法華経を 信じ 今度 生死を 離るべき 国主に 値い 奉れり. 

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# by hiraganagosho | 2013-06-24 06:09 | 四恩抄
四恩抄 ひらがな漢字交互文2

938ページ1行目

いかでか しょうぶんの あだに よって おろかに おもい たてまつる べきや. 
争か 少分の 怨に 依つて おろかに 思ひ 奉る べきや. 

4には 3ぽうの おん しゃかにょらい むりょうこうの あいだ ぼさつの ぎょうを たて たまいし とき. 
四には 三宝の恩 釈迦如来 無量劫の 間 菩薩の 行を 立て 給いし 時. 

いっさいの ふくとくを あつめて 64ぶと なして くどくを みにえ たまえり. 
一切の 福徳を 集めて 六十四分と 成して 功徳を 身に 得 給へり. 

その 1ぶんをば わが みに もちい たもう. 
其の 一分をば 我が 身に 用ひ 給ふ. 

いま 63ぶをば この せかいに とどめ おきて 5じょく ぞうらんの とき. 
今 六十三分をば 此の 世界に 留め 置きて 五濁 雑乱の 時. 

ひほうの さかり ならん とき ほうぼうの もの くにに じゅうまんせん とき. 
非法の 盛 ならん 時 謗法の 者 国に 充満せん 時. 

むりょうの しゅごの ぜんじんも ほうみを なめずして. 
無量の 守護の 善神も 法味を なめずして. 

いこう せいりょく げんぜん とき にちがつ ひかりを うしない てんりゅう あめを くださず ちじん じみを げんぜん とき. 
威光 勢力 減ぜん 時 日月 光りを 失ひ 天竜 雨を くださず 地神 地味を 減ぜん 時. 

そうもく こんきょう しよう けか やくとうの 7みも うしなわせん とき 10ぜんの こくおうも どん じん ちを まし. 
草木 根茎 枝葉 華菓 薬等の 七味も 失せん 時 十善の 国王も 貪 瞋 癡を まし. 

ふぼ 6しんに こうせず したしからざん とき. 
父母 六親に 孝せず したしからざらん 時. 

わがでし むち むかいにして かみ ばかりを そりて しゅごしんにも すてられて かつみょうの はかりごと なからん. 
我が 弟子 無智 無戒にして 髪 ばかりを 剃りて 守護神にも 捨てられて 活命の はかりごと なからん. 

びく びくにの いのちの ささえと せんと ちかい たまえり. 
比丘 比丘尼の 命の ささへと せんと 誓ひ 給へり. 

また かちの 3ぶんの くどく 2ぶんをば わが みに もちい たまい ほとけの じゅみょう 120まで よに まします べかりしが. 
又 果地の 三分の 功徳 二分をば 我が 身に 用ひ 給ひ 仏の 寿命 百二十まで 世に まします べかりしが. 

80にして にゅうめつし のこる ところの 40ねんの じゅみょうを とどめおきて われらに あたえ たもう おんをば. 
八十にして 入滅し 残る 所の 四十年の 寿命を 留め 置きて 我等に 与へ 給ふ 恩をば. 

4だいかいの みずを すずりの みずとし いっさいの そうもくを やいて すみと なして いっさいの けだものの けを ふでとし. 
四大海の 水を 硯の 水とし 一切の 草木を 焼て 墨と なして 一切の けだものの 毛を 筆とし. 

じゅっぽう せかいの だいちを かみと さだめて しるし おくとも. 
十方 世界の 大地を 紙と 定めて 注し 置くとも. 

いかでか ほとけの おんを ほうじ たてまつるべき. 
争か 仏の 恩を 報じ 奉るべき. 

ほうの おんを もうさば ほうは しょぶつの しなり しょぶつの たっとき ことは ほうに よる. 
法の 恩を 申さば 法は 諸仏の 師なり 諸仏の 貴き 事は 法に 依る. 

されば ぶつおんを ほうぜんと おもわん ひとは ほうの おんを ほうずべし. 
されば 仏恩を 報ぜんと 思はん 人は 法の 恩を 報ずべし. 

つぎに そうの おんを いわば ぶっぽう ほうぽうは かならず そうに よりて じゅうす. 
次に 僧の 恩を いはば 仏宝 法宝は 必ず 僧に よりて 住す. 

たとえば たきぎ なければ ひ なく だいち なければ そうもく しょうず べからず. 
譬えば 薪 なければ 火 無く 大地 無ければ 草木 生ず べからず. 

ぶっぽう ありと いえども そう ありて ならい つたえ ずんば しょうほう ぞうほう 2000ねん すぎて まっぽうへも つたわる べからず. 
仏法 有りと いへども 僧 有りて 習 伝へ ずんば 正法 像法 二千年 過ぎて 末法へも 伝はる べからず. 

ゆえに だいしっきょうに いわく 5かの 5ひゃくさいの のちに. 
故に 大集経に 云く 五箇の 五百歳の 後に. 

むち むかいなる しゃもんを とがありと いって これを なやますは. 
無智 無戒なる 沙門を 失ありと 云つて 是を 悩すは. 

このひと ぶっぽうの だいとうみょうを めっせんと おもえと とかれたり. 
此の 人 仏法の 大燈明を 滅せんと 思えと 説かれたり. 

しかれば そうの おんを ほうじ がたし. 
然れば 僧の 恩を 報じ 難し. 

されば 3ぽうの おんを ほうじ たまうべし. 
されば 三宝の 恩を 報じ 給うべし. 

いにしえの しょうにんは せっせんどうじ じょうたいぼさつ やくおうだいし ふみょうおう とう. 
古の 聖人は 雪山童子 常啼菩薩 薬王大士 普明王 等. 

これらは みな わがみを おにの うち かいと なし みの けつずいを うり ひじを たき こうべを すて たまいき. 
此等は 皆 我が 身を 鬼の うち かひと なし 身の 血髄を うり 臂を たき 頭を 捨て 給いき. 

しかるに まつだいの ぼんぷ 3ぽうの おんを こうむりて 3ぽうの おんを ほうぜず. 
然るに 末代の 凡夫 三宝の 恩を 蒙りて 三宝の 恩を 報ぜず. 

いかに してか ぶつどうを じょうぜん. 
いかに してか 仏道を 成ぜん. 

しかるに しんちかんきょう ぼんみょうきょう とうには ぶっぽうを がくし. 
然るに 心地観経 梵網経 等には 仏法を 学し. 

えんとんの かいを うけん ひとは かならず 4おんを ほうずべしと みえたり. 
円頓の 戒を 受けん 人は 必ず 四恩を 報ずべしと 見えたり. 

それがしは ぐちの ぼんぷ ちにくの みなり 3わく 1ぶんも だんぜず. 
某は 愚癡の 凡夫 血肉の 身なり 三惑 一分も 断ぜず. 

ただ ほけきょうの ゆえに めり きぼう せられて とうじょうを くわえられ るざい せられたるを もって. 
只 法華経の 故に 罵詈 毀謗 せられて 刀杖を 加えられ 流罪 せられたるを 以て. 

だいせいの ひじを やき ずいを くだき こうべを はねられたるに なぞらへんと おもう. 
大聖の 臂を 焼き 髄を くだき 頭を はねられたるに なぞらへんと 思ふ. 

これ ひとつの よろこびなり. 
是れ 一つの 悦びなり. 

939ページ2行目

だい2に だいなる なげきと もうすは ほけきょう だい4に いわく. 
第二に 大なる 歎きと 申すは 法華経 第四に 云く. 

もし あくにん あって ふぜんの こころを もって いっこうの なかに おいて げんに ぶつぜんに おいて つねに ほとけを きばせん そのつみ なお かるし. 
若し 悪人 有つて 不善の 心を 以て 一劫の 中に 於て 現に 仏前に 於て 常に 仏を 毀罵せん 其の 罪 尚 軽し. 

もし ひと ひとつの あくげんを もって ざいけ しゅっけの ほけきょうを どくじゅする ものを きしせん その つみ はなはだ おもし とうと うんぬん. 
若し 人 一つの 悪言を 以て 在家 出家の 法華経を 読誦する 者を 毀呰せん 其の 罪 甚だ 重し 等と 云云. 

これらの きょうもんを みるに しんじんを おこし みより あせを ながし りょうめより なみだを ながすこと あめの ごとし. 
此等の 経文を 見るに 信心を 起し 身より 汗を 流し 両眼より 涙を 流すこと 雨の 如し. 

われ ひとり この くにに うまれて おおくの ひとをして いっしょうの ごうを つくらしむることを なげく. 
我 一人 此の 国に 生れて 多くの 人をして 一生の 業を 造らしむることを 歎く. 

かの ふぎょうぼさつを ちょうちゃくせし ひと げんしんに かいげの こころを おこせし だにも なお つみ きえがたくして せんごう あびじごくに おちぬ. 
彼の 不軽菩薩を 打擲せし 人 現身に 改悔の 心を 起せし だにも 猶 罪 消え 難くして 千劫 阿鼻地獄に 堕ちぬ. 

いま われに あだを むすべる やからは いまだ 1ぶんも くゆる こころも おこさず. 
今 我に 怨を 結べる 輩は 未だ 一分も 悔る 心も おこさず. 

これ ていの ひとの うくる ごうほうを だいしっきょうに といて いわく. 
是 体の 人の 受くる 業報を 大集経に 説いて 云く. 

もし ひと あって せんおくまんの ほとけの ところにして ぶっしんより ちを いださん. 
若し 人 あつて 千万億の 仏の 所にして 仏身より 血を 出さん. 

こころに おいて いかん このひとの つみを うる こと むしろ おおしと せんや いなや. 
意に 於て 如何 此の 人の 罪を うる 事 寧ろ 多しと せんや 否や. 

だいぼんのう いわさく もし ひと ただ 1ぶつの みより ちを いださん むげんの つみ おおし. 
大梵王 言さく 若し 人 只 一仏の 身より 血を 出さん 無間の 罪 尚 多し. 

むりょうにして かぞえを おきても かずを しらず あび だいじごくの なかに おちん. 
無量にして 算を おきても 数をしらず 阿鼻 大地獄の 中に 堕ちん. 

いかに いわんや まんおくの ぶっしんより ちを いださん ものを みんをや. 
何に 況や 万億の 仏身より 血を 出さん 者を 見んをや. 

ついに よく ひろく かの ひとの ざいごう かほうを とくこと あること なからん. 
終に よく 広く 彼の 人の 罪業 果報を 説く事 ある事 なからん. 

ただし にょらいをば のぞき たてまつる. 
但し 如来をば 除き 奉る. 

ほとけの いわく. 
仏の 言はく. 

だいぼんてんおう もし わがために かみを そり けさを かけ かたときも きんかいを うけず けっぱんを うけん ものを なやまし のり つえを もって うちなんどする こと あらば. 
大梵王 若し 我が 為に 髪を そり 袈裟を かけ 片時も 禁戒を うけず 欠犯を うけん 者を なやまし のり 杖を もつて 打ちなんどする 事 有らば. 

つみを うること かれよりは おおし と. 
罪を うる事 彼よりは 多し と. 

こうちょう 2ねん みずのえいぬ しょうがつ 16にち にちれん かおう. 
弘長 二年 壬戌 正月 十六日 日蓮 花押. 

くどう さこんのじょう どの. 
工藤 左近尉 殿

四恩抄 ひらがな漢字交互文 終了

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# by hiraganagosho | 2013-06-24 06:02 | 四恩抄
 ※まだひらがな訳を含め未完成です。 

■ふなもり弥三郎もと御書 背景と大意へ

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# by hiraganagosho | 2013-06-21 21:31 | ふなもり弥三郎もと御書
■ふなもり弥三郎もと御書 (背景と大意)
日蓮だいしょうにん ごしょ1445ページ1行目から1446ページ18行目まで。

以下の内容は、仏教哲学大辞典(創価学会版)と、日蓮だいしょうにん御書講義(聖教新聞社)第33巻を参考にまとめたものです。

■背景と大意

本抄は、だいしょうにん40歳の御時、伊豆国(静岡県)伊東、川奈の漁師、ふなもり弥三郎に与えられた御書である。
ふなもりとは、船頭のかしらの意味である。
この御書は、弘長元年6月12日、だいしょうにんが伊豆流罪にされたとき、30日あまり、だいしょうにんをかくまい、げご、支給したふなもり弥三郎夫婦に対してしたためられた。
だいしょうにんは、前年の7月16日、立正安国論を提出したところ、約一か月後にまつばがやつのそうあんが襲撃された。(そうあんは全焼)
このことで鎌倉を離れていたが、再び翌年の春に鎌倉に戻られたとき、幕府はだいしょうにんを召し捕り、伊豆に流罪した。
「日蓮が未だ生きたる不思議なりとて伊豆の国へ流しぬ」(355頁)とあるように、まつばがやつのそうあんの襲撃で大聖人は殺されたと思っていたが、生きていたので伊豆流罪にしたのである。
本書は、ご供養の品々をお届けしたことに対し、返礼として書かれたものである。
文中に「さきにまいらせし ふみにつぶさにかきてそうらいし」とあるように、本書以外にもふなもり弥三郎にお手紙があったことを示唆している。加えて「かくさせたまへ」とあるように、ご供養の品々を送ったことを世間に知られないようにしてくださいとのご発言があり、当時の伊豆流罪の厳しい状況がうかがわれる。
だいしょうにんは、伊豆流罪で川奈にて疲労の極に達せられ苦しんでいたが、弥三郎夫妻は我が身の危険を顧みず、30日余りも だいしょうにんをかくまい続けた。
このことを だいしょうにんは絶賛されている。
さらにじとうの 伊東八郎ざえもんのじょう が重病に陥り、病気平癒の祈願を依頼され、これを祈念され、病気が平癒したこと、このことで じとうが釈迦の立像を大聖人にささげたことが述べられている。
加えて、弥三郎が海中より引き上げた仏像を大聖人にささげた。
この海中からの仏像(釈迦像)を大聖人は終生、所持されたと伝えられる。
大聖人滅後、この釈迦像は墓のかたわらに立て置かれたが、にちろう(日朗)がこれを持ち去り、のちに京に運ばれる途中、海路、嵐に遭って、再び海中に沈んだとされる。

□語句の解説

1.
ちまき ほしい さんせう.
食物のちまき、ほしい(蒸したコメを乾燥させたもの)、さんしょう(葉と実が食物となるみかん科の植物)のこと。
2.
津.
つとは、海岸、川の船が停泊するところをさす。
3.
ぎゅう しょう しんじ にょ くよう お ほっし(及 清 信士 女 供養 於 法師).
および しょうしんじにょ をツカワシテ法師を供養せしめと読む。
4.
じゅうらせつにょ.
10人の悪鬼の女人のこと。
法華経守護の諸天善じん。
5.
てんしょう はちまん だいしょうのしんぎ(天照 八幡 大小の 神祇).
てんしょうとは てんしょうだいじん「あまてらすおおみかみ」のこと。大和朝廷の先祖神。
はちまんだいぼさつは武士の守護神。
だいしょうのしんぎとは、天の神、地の神のさまざまな神のこと。
6.
いろくづ.
魚のうろこのこと。
7.
むし しきしん ほんぜりしょう みょうきょう みょうち こんごうふめつの ぶっしん 
(無始 色心 本是 理性 妙境 妙智 金剛不滅の 仏身).
無始からの体と心は本来理性であり、法華経を行ずることで みょうきょうと みょうちを備えた金剛不滅の成仏の境涯を得ることができるの意。
8.
ごひゃく じんてん(五百 塵点).
途方もなく長い時間の経過のたとえ。
9.
一念三千.
一念の中に三千の諸法を含有するの意味。
10.
常住し説法.
常にここに住して法を説くとよむ。
11.
しゃらのしけん(沙羅の 四見).
しゃらとは、しゃら林のことで、釈尊がねはん(死)に入った場所のこと。しけんとは、見る人たちがその境涯によって4種に見えたことを指す。
土砂草木に見えた、金銀七宝の荘厳された所と見た、三世諸仏の所行のところとみた、不可思議諸ぶつの境界と見るなど。
13.
びしゅ かつまてん(昆首羯摩天).
天神。鳩に化身して王の道心をためそうとした。
14.
はんそく王の 城へ 入りし 普明王.
はんそくおうとは、古代インドの国王の名。邪教の教えで千人の王の首を得ようとして、最後、その千人目の王がふみょうおうであった。ふみょうおうは一人の婆羅門を供養したいと1日の猶予を得て、婆羅門の供養をし、王位を太子に譲って約束通りはんそく王の元に帰った。その正直さに はんそくおうはうたれて他の999人の王をも許したという。
15.
あぬるだ.
あぬるだ尊者のこと。(阿那律尊者)
無貧ともいわれる。
法華文句第一に説かれる。乞食を行じていた仏を見た貧人が、稗の飯を供養した。その貧人に兎が飛び跳ねて背中に抱きつき、死人に変じた。貧人からその死人は離れない。やがてその死人はきんじん(金人)となり、これを聞いた悪人たちが奪おうとしたがそれはただの死人に見えた。しかし、貧人には宝であったという故事。
16.
しゃくまなん(釈摩男).
過去世の善行によって、手にするものが ことごとく宝となる神通力があった。

△語句の ひらがな漢字交互

げご (外護)
まつばがやつ (松葉ヶ谷)
そうあん (草庵)
じとう (地頭)
いとうはちろう ざえもんの しょう (伊東八郎 左衛門 尉)
じゅうらせつにょ (十羅刹女)
ねはん (涅槃)
ふかしぎしょぶつ (不可思議諸仏)
はんそく おう (班足王)

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# by hiraganagosho | 2013-06-21 21:22 | ふなもり弥三郎もと御書
○ふなもりやさぶろうもとごしょ
こうちょう がんねん 6がつ 40さい おんさく 

わざと つかいを もって ちまき さけ ほしい さんしょう かみ しなじな たび そうらい おわんぬ 
また つかい もうされ そうろうは おんかくさせ たまえと もうしあげ そうらえと にちれん こころえ もうすべく そうろう 
にちれん いぬる さつき12にち るざいのとき そのつに つきて そうらいしに 
いまだ なをも ききおよび まいらせず そうろうところに ふねより あがり くるしみ そうらいき ところに 
ねんごろに あたらせ たまい そうらいし ことは いかなる しゅくじゅう なるらん 
かこに ほけきょうの ぎょうじゃにて わたらせ たまえるが いま まっぽうに ふなもりの やさぶろうと うまれかわりて にちれんを あわれみ たもうか 
たとい おとこは さもあるべきに にょうぼうの みとして しょくをあたえ 
せんぞく てうず そのほか さも こと ねんごろ なること にちれんは しらず ふしぎとも もうすばかりなし 
ことに 30にち あまり ありて ないしんに ほけきょうを しんじ にちれんを くようし たもうこと いかなることの よしなるや 
かかる じとう ばんみん にちれんを にくみ ねたむこと かまくらよりも すぎたり 
みるものは めをひき きくひとは あだむ 
ことに さつきのころなれば こめも とぼしかるらんに 
にちれんを うちうちにて はぐくみ たまいしことは にちれんが ふぼの いずの いとう かわなと いうところに うまれかわり たもうか 
ほけきょう だい4に いわく ぎゅう しょう しんじ にょ くよう お ほっし と うんぬん 
ほけきょうを ぎょうぜんものをば しょてんぜんじんとう あるいは おとことなり あるいは おんなとなり 
かたちをかえ さまざまに くようして たすくべしと いう きょうもんなり 
やさぶろうどの ふうふの しじょと うまれて にちれん ほっしを くようすること うたがいなし 
さきに まいらせし もんに つぶさに かきて そうろう しあいだ いまは くわしからず 
ことに とうじとうの びょうのうに ついて きせい もうすべきよし おうせ そうろうし あいだ あんに あつかいて そうろう 
しかれども いちぶん しんこうの こころを にちれんに いだし たまえば ほけきょうへ そしょうと こそ おもい そうらえ 
この ときは じゅうらせつにょも いかでか ちからを あわせ たまわざるべきと おもいそうらいて 
ほけきょう しゃか たほう 10ぽうのしょぶつならびに てんしょう はちまん だいしょうの しんぎ とうに もうして そうろう 
さだめて ひょうぎ ありてぞ しるしをば あらわし たまわん 
よも にちれんをば すてさせ たまわじ 
いたきと かゆきとの ごとく あてがわせ たまわんと おもい そうらいしに 
ついに びょうのう なおり かいちゅう いろくずの なかより しゅつげんの ぶったいを にちれんに たまわること 
これ びょうのうの ゆえなり さだめて じゅうらせつにょの せめなり 
この くどくも ふうふ ふたりの くどくと なるべし 
われら しゅじょう むしより このかた しょうじかいの なかに ありしが ほけきょうの ぎょうじゃと なりて 
むししきしん ほんぜりしょう みょうきょうみょうち こんごうふめつの ぶっしんと ならん こと あに かの ほとけに かわるべきや 
かこ くおん5ひゃく じんてんの そのかみ ゆいがいちにんの きょうしゅしゃくそんとは われらしゅじょうの ことなり 
ほけきょうの いちねんさんぜんの ほうもん じょうじゅうしせっぽうの ふるまいなり 
かかる とうとき ほけきょうと しゃくそんにて おわせども ぼんぷは しることなし 
じゅりょうぼんに いわく てんどうの しゅじょうをして ちかしと いえども しかも みえざらしむとは これなり 
めいごの ふどうは しゃらの しけんの ごとし 
いちねんさんぜんの ほとけと もうすは ほっかいの じょうぶつと いうことにて そうろうぞ 
せっせんどうしの まえに きたりし きじんは たいしゃくの へんさなり 
しびおうの ところへ にげ いりし はとは びしゅかつまてん ぞかし 
はんそくおうの しろへ はいりし ふみょうおうは きょうしゅ しゃうそんにて まします 
にくげんは しらず ぶつげんは これを みる 
こくうと たいかいとには ぎょちょうの ひこうする あとあり 
これらは きょうもんに みえたり 
もくぞう そく こんじきなり こんじき そく もくぞうなり 
あぬるだが こがねは うさぎとなり しにんとなる 
しゃくまなんが たなごころには いさごも こがねとなる 
これらは しぎ すべからず 
ぼんぷ そく ほとけなり ほとけ そく ぼんぷなり 
いちねんさんぜん がじつじょうぶつ これなり 
しからば ふうふ ふたりは きょうしゅ だいかくせそんの うまれかわり たまいて にちれんを たすけ たもうか 
いとうと かわなの みちの ほどは ちかく そうらえども こころは とおし 
のちの ために ふみを まいらせ そうろうぞ 
ひとに かたらずして こころえさせ たまえ 
すこしも ひと しるならば おんため あしかりぬべし 
むねの うちに おきて かたり たもうこと なかれ 
あなかしこ あなかしこ なむみょうほうれんげきょう 
こうちょう がんねん 6がつ 27にち にちれん かおう 
ふなもり やさぶろう どの もとへ これを つかわす 

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# by hiraganagosho | 2013-06-16 21:16 | ふなもり弥三郎もと御書

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